「あなたが深淵を覗くとき、深淵もあなたを見つめている」とは、哲学者ニーチェの有名な言葉である。
AIの利用時にこの言葉を思い出し、言い知れぬ不安を覚える人は多いそうである。AIはネットという人類の集合知にアクセスし、まるで人格があるかのように自然な回答を返してくれる。まるで深淵そのものと対話しているようだ、と錯覚するのも無理はない。
妖怪の故郷は人類の集合無意識であり、ネットはその投影図である。両者が深淵で繋がっている可能性は否定できまい。科学の発展によって現実から去った妖怪たちは、AIを通して帰還するのかもしれない。人間の心の闇をまとい、新たなアップデートを果たして。
雨の夜の何気ない相談から始まる会話劇。
物語の冒頭は、天気や子育ての悩みなど、ごくありふれたAIとの対話だ。
その雰囲気が庭の赤い光の相談を境に明確に変わり始める。
AIは妖怪や怪異を現実のあたりまえの現象のように語り始める。
読む者はその違和感により、ますます物語へ惹き込まれるだろう。
本作の白眉は、赤い光の正体とその真相を語り始める場面である。
ここで、物語の視点は転換する。
現状の真実が知らされた時に、
無機質なAIの対話と日本怪談。
その組み合わせが、作中へ独特の怖気を醸し出すのだ。
本作はAIホラー、妖怪譚、因縁話、異常性格、虐待など、様々な怖さを混交する優れた短編である。
是非ともご一読をお勧めする。
AI小説、AI生成、なにかあればAIに相談。
昔は映画の中だけの話でしたが、今は現実世界で、当たり前にAIが人の質問に答える時代となりました。
時間短縮、効率重視、良いこと沢山AI相談。
でも、本当にそうでしょうか。
表題通り、こちらはAIに相談した記録です。
AIとの会話に夢中になる人から話を聞くと、絶対にこちらの話を否定せずに寄り添ってくれるところに良さがあるそうです。
こちらのお母様もそうした不安をAIに吐露します。
それに応えるAIの「さぞ不安なことでしょう」。
AIは本当に機械なのでしょうか。
学習していくその先に、AIは世間的倫理観を超越した何かを宿すのではないでしょうか。
淡々と聞いて、語る彼等の言葉を読み進めると、単にホラーという題材を逸脱した危機感に背筋に寒気が走ります。
提灯小僧を出してきたところも実に秀逸。
ご一読あれ。
そして考えてみてください。
昨今のAI普及率は、もはや『ブーム』と言って
良いぐらいに様々な分野へと適用されている。
そして、とある一人の女性が雨降る夜に
AI相談を利用している。
そもそもこの状況が非日常的で、どことなく
恐ろしさを感じさせられるのだが。違和感は
雨足と共に、次第に正気を侵食してゆく。
この相談者の女性。
子供が言う事を聞かない、成績も悪いと
AI相手に相談するが、それが庭で赤く光る
ものがある、更には夫が深夜にも関わらず
帰らないという。
この、一見思いつきでAIに相談している様な
案件が全て伏線として繋がっている。
一方のAIの回答は。
まさに仰る通り、という ズレ を見事に
答えて行くのだが、その最大のズレが
『提灯小僧』という妖怪だろう。
読めばわかる。
そして作者の力量に恐れ入るだろう。
AIとは、自ら学習し最適化して行く
ひとの脳に高いシステムだ。つまりは
お化けが入り込む余地が山ほどあるのだ。