第25話 サテライト

 キンに案内され、レンは連盟の奥へ足を踏み入れた。


 受付や掲示板のある広間とは違い、この辺りは静かだった。人の出入りも少なく、壁に反響する足音だけがやけに大きく聞こえる。普段の依頼受付とは違う。関係者だけが使う区画なのだろう。


 やがて、キンは一つの扉の前で立ち止まった。


「ここや」


 そう言って扉を開ける。


 中には、既に二人の人影があった。


 一人は黒髪の女性。


 昨日、学者書庫の前で会ったリンだった。


 もう一人は四十代ほどの男だ。後ろで束ねた黒髪に、疲れたような目。どこか気だるそうな雰囲気をまとっているが、姿勢に隙は少ない。油断しているように見えて、周囲はきちんと見ている。そういう目だった。


 リンと視線が合う。


 だが彼女は何も言わず、すぐに視線を逸らした。昨日と同じ反応だった。


「荷物持ち連れてきたで」


 キンが軽い調子で言う。


 中年の男がレンを見た。頭から足先まで確かめるような視線だった。


「そいつで大丈夫なのか?」


「大丈夫やって」


 キンは笑う。


「めっちゃええ子やで。商人魂もしっかり持っとる」


 男の眉が僅かに寄った。


「それは逆に不安だな」


「なんでや」


「商人が二人になったら面倒だからだ。お前らは自分の利益しか考えない」


 キンが吹き出した。


 レンは何も言わなかった。否定しても、話が余計に長くなりそうだった。


『否定しないんだな』


『まあ当たってるしな』


「戦力になるのか?」


 男が聞く。


「そこは安心してや」


 キンはレンの肩を叩いた。


「何かあっても俺が守ったる」


 男は深いため息を吐く。


「その言葉が一番不安なんだがな……」


 心底疲れたような声だった。


 それから、男はレンへ視線を向けた。


「ライマーだ。今回の調査隊の責任者をやる」


「レンです」


 ライマーは頷く。


「新人か」


「はい」


「そうか」


 そこで会話は一度途切れた。無駄がない。

 少なくとも、余計な愛想を使うタイプではなさそうだった。


 ライマーは机の上に広げられていた地図を指差す。


「始めるぞ」


 キン、リン、ライマーが席へ着く。レンも空いている椅子へ腰を下ろした。


 机の上には森の地図が広げられている。いくつかの地点に印が付けられ、赤い線で経路らしきものが引かれていた。


 ライマーは、そのうちの一帯を指で押さえる。


「今回の任務は、満月草の群生地を探すことだ」


「満月草って何ですか?」


 満月草。


 名前だけは先ほどキンから聞いた。だが、詳しいことはまだ知らない。


「そんなことも知らないのか。おい、キン本当に大丈夫か?」


「レン君が適任や。いいから説明したって」


「やれやれ。満月草は、この時期にしか咲かない植物だ。薬の材料になる」


 ライマーは淡々と説明する。


「傷薬や回復薬の原料として使われていてな。特に重傷者向けの薬には欠かせない」


 そこでリンが静かに口を開いた。


「止血効果があります。傷の治りも早くなります。衰弱した患者の治療にも使われています」


「現在グランゼルで使われている重傷者用の薬は、ほとんどが満月草から作られています。」


 感情の起伏はないが、言葉に迷いもなかった。知識としては正確なのだろう。ライマーも特に訂正しなかった。


「つまり高いんですね」


 レンが言うと、キンが即座に答えた。


「高いで。めちゃくちゃ高い。薬師が欲しがる。商人も欲しがる。富裕層は観賞用にまで欲しがる」


 ライマーがキンを睨む。


「お前らは金の話しかしないな」


「大事やろ?」


「否定はせん」


 ライマーは額を押さえた。


「とにかく需要が高い。だから毎年この時期になると、調査隊が組まれる」


 レンは頷いた。


 薬の材料。希少性。商人の需要。


 高値になる理由は理解できる。だが、それだけなら普通の採取依頼で済むはずだ。わざわざ連盟の奥に部屋を取り、調査隊として集まる理由がまだ見えない。


「どうやって探すんですか?」


 ライマーは地図を叩いた。


「満月草はどこにでも生えるわけじゃない」


 指先が森の奥をなぞる。


「サテライトという鉱石の近くでしか育たない」


 初めて聞く名前だった。


「鉱石ですか?」


「ああ」


 ライマーが頷く。


「月の光を吸収する特殊な鉱石だ。蓄えた力を周囲へ放出する」


 リンが説明を引き継いだ。


「その影響で満月草が育ちます。現在確認されている群生地には、全てサテライトが存在しています。逆に言えば、満月草を見つければ、サテライトも見つかる可能性が高いということです。それにサテライトは月蝕病の治療に使われます」


(月蝕病??まあ、今は気に必要はないか)


 レンは地図を見る。満月草を探す理由は、花そのものだけではない。その近くにある鉱石にも価値がある。


「サテライトも高いんですか?」


 今度はキンが笑った。


「満月草なんか比べもんにならんくらいにな」


 ライマーが咳払いをする。


「余計なことは言うな。話が脱線する」


「事実やろ?」


「事実だが、今は関係ない」


 完全には否定しなかった。つまり、本当に価値があるらしい。


『花を探したら鉱石も見つかるのか』


『そりゃ高いわ』


『荷物持ちで金貨十枚の理由が見えてきたな』


 レンは地図の印を目で追う。


 満月草。サテライト。薬。学者派。商人派。


 調査依頼にしては、絡んでいるものが多い。花の採取だけでなく、資源調査にも近いのだろう。


 ライマーは話を戻した。


「今回の任務は二つだ」


 地図の空白地帯を指差す。


「満月草の群生地を探すこと」


 次に、机の端に置かれた記録用の紙へ視線を向ける。


「そしてサテライトを持って帰還すること」


「採取は?」


「少しだけだ」


 ライマーは答える。


「本格的な採取は後日、別部隊が行う。群生地は広い。四人で運び切れるものじゃない」


 レンは納得した。


 今回の本質は採取ではない。


 調査だ。


「問題は場所が分からないことだ」


 ライマーは森の奥を指差す。


「この辺りにある可能性は高い。だが、正確な位置までは分かっていない。数日かかるかもしれない」


 数日。


 つまり、日帰りではない。


「野営もする。当然、霊獣も出る」


 部屋の空気が少し引き締まった。


 ライマーは最後にレンを見る。


「新人だから言っておく」


 その声は、先ほどより少しだけ硬かった。


「今なら降りられるぞ。無理に参加する必要はない」


 忠告だった。


 レンは少し考える。


 危険はある。報酬が高い時点で、楽な依頼ではないことは分かっていた。だが、得るものも多い。


 未知の植物。


 未知の鉱石。


 森の奥の情報。


 そして、学者派との接点。


 学者書庫へ入る方法はまだ見つかっていない。だが、何もしなければ何も変わらない。本の中だけでは分からないこともある。この世界を知るには、自分の目で見る必要がある。


(リスクは大きいが、行く価値はあるか)


 レンは顔を上げた。


「行きます」


 ライマーは数秒だけレンを見つめた。値踏みするような目だった。やがて、小さく頷く。


「分かった」


 その言葉を聞いた瞬間、キンが楽しそうに笑った。


 リンは何も言わなかった。


 ただ昨日とは違い、その視線はほんの少しだけ長くレンへ向けられていた。


「一つ聞いてもいいですか」


 レンが口を開くと、ライマーが地図から顔を上げた。


「何だ?」


「そのサテライトを使えば、この街でも満月草を育てられるんじゃないですか?」


 満月草は高価で、需要も高い。群生地を探すために毎年調査隊まで組まれているなら、いっそ街の近くで栽培できれば話は早い。森の奥まで危険を冒して探しに行く必要も減る。


 ライマーは特に驚いた様子もなく頷いた。


「当然、昔から考えられてる。実際やってるしな」


「やってるんですか?」


 レンは少し意外に思った。


 今度はリンが答える。


「農業地区に栽培区画があります。現在も運用されています。ただし、数は多くありません」


 淡々とした説明だった。


 そこにライマーが続ける。


「問題はサテライトの寿命だ」


「寿命?」


「二年くらいしか持たねぇ」


 レンは眉を上げた。


 鉱石に寿命がある。妙な話だった。


「月の光を吸収し続けると、徐々に力を失います」


 リンが補足する。


「最終的には、ただの石になります」


「だから栽培用に使えるサテライトは貴重なんだ」


 ライマーは腕を組む。


「今、農業地区にあるのも一つだけだ。そこで育てた満月草から薬を作ってる」


 レンは頭の中で情報を並べた。満月草は需要がある。栽培も可能。


 だが、サテライトが消耗品である以上、大規模化は難しい。寿命がなければ、とっくに街の近くで大量栽培されているはずだ。


 つまり、毎年森を探す理由はそこにある。


『便利アイテムかと思ったら消耗品か』


『そりゃ貴重だな』


 レンは手元の地図へ視線を落とした。


 そして、新たな疑問が浮かぶ。


「では、普段森で見つけることはできないんですか?」


「ん?」


 ライマーが目を向ける。


「見た目が分かっているなら、守人が見つけて持ち帰ってきてもおかしくないと思ったんですが」


 守人は日常的に森へ入る。討伐、採取、調査。人の出入りがそれだけあるなら、偶然発見されても不思議ではない。見つけるだけで価値がある鉱石なら、なおさら誰かが探していてもいいはずだった。


 すると、キンがにやりと笑った。


「それは俺が説明したるわ」


 そう言って懐へ手を入れる。


 取り出したのは、拳より少し小さい石だった。灰色で、表面は少しざらついている。特に変わったところはない。道端に落ちていても、誰も気に留めないだろう。


「ほれ」


 キンがこちらへ放る。


 レンは受け取った。


 手の中で転がしてみる。ただの石にしか見えない。だが、どこかで見た気がした。森の中だったか、街の外だったか。記憶のどこかに引っかかる。


「これがサテライトですか?」


 キンが笑った。


「違う」


 即答だった。


「これはサテロイドや」


「サテロイド?」


「見た目はサテライトそっくり。でも何の力もない。ただの石やな」


 レンはもう一度、手の中の石を見る。特別な気配はない。だが、見た目だけで判別できないのなら厄介だ。


「そっくりなんですか?」


「そっくりや」


 今度はライマーが頷いた。


「だから面倒なんだ」


 リンが静かに続ける。


「見た目だけでは判別できません。現在確認されている方法は一つだけです」


 レンは続きを待つ。


「月光です」


 リンの声が部屋に落ちた。


「サテライトは月明かりを浴びると発光します。サテロイドは光りません」


 そこで一度、言葉を切る。


「それだけです」


 レンは理解した。


 昼間では見分けが付かない。森でそれらしい石を見つけても、それがサテライトかサテロイドかは分からない。持ち帰って月明かりに当てれば判別できるのだろうが、そもそも似た石が大量にあるなら、片端から運ぶのは現実的ではない。


「だから見つからないんですか」


「そういうことや」


 キンが笑う。


「夜の森に、わざわざ石探ししに行く奴なんかおらん」


 確かにその通りだった。


 夜の森は危険だ。視界は悪く、霊獣も活発になる。そんな場所で地面の石を探し続けるなど、正気とは思えない。仮に見つけたとしても、持ち帰るまで生きていられる保証はない。


「しかもな」


 キンが一本指を立てる。


「土の中に埋まっとる場合もある。その場合は光も見えへん」


「つまり、探そうにも探せない」


「せや」


 レンは手の中のサテロイドを見つめた。


 見た目は同じ。力はない。大量に存在する。だから本物が紛れる。


 単純な話だった。


 だが、単純だからこそ価値が生まれる。見分けられないものを見分ける手段が限られている。採れる場所も少ない。危険もある。需要は高い。


 高値になる条件は揃っていた。


『宝探しみたいだな』



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