第8話:泥濘の陣中

​ 秋(あき)の長雨(ながあめ)が、柳川(やながわ)の大地(だいち)を泥(どろ)の海(うみ)へ変(か)えていた。塹壕(ざんごう)に溜(た)まる水(みず)は、死(し)と鉄錆(てつさび)の匂(にお)いを含(ふく)み、茶色(ちゃいろ)く濁(にご)っている。宗茂(むねしげ)は兜(かぶと)を脱(ぬ)ぎ、足軽(あしがる)たちと同(おな)じ泥(どろ)の上(うえ)に腰(こし)を据(す)えた。

 高貴(こうき)な家柄(いえがら)に生(う)まれた彼(かれ)にとって、この汚濁(おだく)は屈辱(くじょく)か。いいや、否(いな)。宗茂(むねしげ)は手(て)に付(つ)いた泥(どろ)を|見つめ、薄(うす)く笑(わら)んだ。

 「地(ち)を這(は)うことこそ、天(てん)へ届(とど)く近道(ちかみち)かもしれぬな」

 彼(かれ)の装束(しょうぞく)の藍色(あいいろ)が、茶色(ちゃいろ)い泥濘(でいねい)に鮮(あざ)やかに映(は)える。将(しょう)が泥(どろ)に塗(まみ)れる姿(すがた)を見(み)て、兵(へい)たちの凍(こご)えた心(こころ)に、熱(あつ)い火(ひ)が灯(とも)った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る