第7話 「おっぱいは形が9割なんだよ‼」

 気付くとお互いに動画の好みを言い合い、ガヤガヤと騒がしい周囲のことも忘れるほど没頭していた。


 ……これだよ、これ! 今日は俺、こういう話をしに来たんだ。

 学校でこんな話をすれば、女子には総スカン、大半の男子にもドン引きされる。だから、こういう趣味は隠れてこそこそ楽しむものだと思っていた。


「あ、あの! さっき話してた新作も最高でしたね‼」


 俺が話を振ると、監督はすごく嬉しそうな顔をする。


「うん、コメントの評価も良かったよね! Ko1xさんは好きなシーンとかある?」

「今回はやっぱり、ラスサビに入る瞬間の流し目がすごくいいです!」

「そうそう! そこ、すごくこだわったんだよね! 何パターンか表情を試したけど、なかなかしっくりこなくてさあ──」


 あのあこがれの監督が、俺と趣味の話で盛り上がってる。これって、最高のシチュエーションじゃないか?


「じゃあじゃあ、衣装についてはどう思った?」

「新作の衣装、すげえ似合ってて良かったです! ほら、今回のキャラってその……胸、小さめじゃないですか。和服風なのがぴったりで、はだけかたも、えーと……チラ見せ最高、的な?」


 すると、待ち合わせのときのぎこちなさが嘘のように、監督は目をキラキラさせて声を上げた。


「そうなんだよ! おっぱいが小さいからって、チラ見せの魅力がなくなるわけじゃない! むしろ小さいからこそ、油断すると見えちゃいそうなハラハラがあって、刺激的な光景が作れる! いつも思うんだけど──」


 俺はふと、ここがファミレスであることを思い出した。周囲を見やると、大声で会話する俺たちに対して、ちらほらといぶかる視線が向けられている。

 そのことを指摘する暇もなく、監督がフロア中に響き渡りそうな大声を出した。止めるすべはなかった。




「大事なのは大きさじゃないよね──おっぱいは形が9割なんだよ‼」




 周囲の客の視線がすべてこちらに向いて、俺は慌てて監督の口をふさぐ。驚いた顔をした監督は、一瞬の沈黙のあと、顔を赤くして後ろにのけぞった。


「えっ、あっ……⁉」

「す、すみません、つい! 触るつもりじゃなくて、ただ、周りの視線が……!」

「男の子に…………。ちょっと、お手洗い」


 謎の言葉を残して、監督が席を立つ。

 キャップから抜け出した後ろ髪が数本、白い首元で踊っているのが見えた。それを見て、なぜか心臓がドキリと跳ねる。



 ──いやいや、落ち着け俺。監督は男、そうだろ?



 深呼吸をしながら、なんとなく監督を目で追い──見えた光景に、さらに混乱する。


 通路の奥にふたつ並んだトイレ。その手前に監督が入ると、奥のトイレから入れ違いで別の男性が出てくる。

 だけど、俺の記憶が正しければ、ここのトイレって、女子トイレがひとつと共用トイレがひとつのはず。奥が共用だとすると、監督はなぜ手前のトイレに入った?


 ……いや、結論を急ぐなよ。俺はきっと、視線を集めた恥ずかしさでまだ動揺しているんだ。だって、監督が女性のはずないだろ? oharaなんてどう考えても、男による男のための動画サイトなんだからさ──。


 ふっと手のひらを見つめる。監督の口をふさいだときの、ふにゅっと柔らかい感触が妙にはっきりと思い出された。

 ごくりとつばを飲み込む。ほんの少し前に、この手が監督の唇に触れていたんだよな。それってなんだか──


「ご、ごめんねお待たせ!」


 監督の明るい声に、俺は思わず飛び上がる。


 顔をまだ少し赤らめたまま、監督はテーブルに戻ってきていた。最初に会ったときくらいの小さい声で、気を取り直すように言葉を続ける。


「動コンの話に戻ろうか」


 だけど、俺の目は監督の顔に釘付けだった。

 トイレで鏡でも見たのか──監督はマスクをつけ忘れていた。


「あ、あの、監督……」

「な、なにかな?」


 マスクの下に隠されていた顔を、俺は知っている。


 ――消しゴム。メジャー型のキーホルダー。後ろの席の女の子。

 ごく最近の記憶が、走馬灯のように脳内を駆け巡った。


「篠原さん、ですよね?」

「⁉」


 俺もマスクを外してテーブルに置く。まっすぐに監督の顔を見つめると、監督も俺の顔を見て──すぐに目を見開いた。


「うそっ…………比良坂くん⁉」


 こうして、Ko1xとElims監督、そして比良坂恒一と篠原すみれの、奇妙な二重生活が始まった。

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