第3話 掃除当番②
二〇四九年、大変動歴十五年
一月一日/元旦。
「あけましておめでとうございます。今年も世界が滅びませんように」
グローブ模型にむかって、自由民たちがお参りしている。
地球儀にはゾンビ避けの有刺鉄線としめ縄が巻かれている。
噴水からスモーク状の霧。水底には賽銭が沈んでいる。使われなくなった円硬貨。
地球儀はゆっくりと回転している。時計回りに。自転とは逆方向に。
”UNIVERSAL”の切文字が回転する。”V”の字は逆さになっている。
おれもコインを投げて、手を合わせる。
新年の祈願は「身長が伸びて、陰毛が生えますように」だ。
なぜなら、今年で十八歳になるのに身長が143センチしかないから。
顔も体も十二歳から変わってない。声もオカマみたいに高いまま。
原因は大変動ウィルスの後遺症――くそったれの【コドモ病】。
今年の抱負は「三年前に出ていった母親の居場所をつきとめる」こと。
イブに届いた母親からの贈り物には、差出人も宛先の記載もなかった。追跡不可。配達業者経由ではない?
なら、あの”鳥”はどこからきたのか?――宇宙規模の謎。
酔っ払って帰ってきた父さんにカードをみせた――反応ナシ。
「母さんはどこにいると思う?」という質問に対する答えは「火星か木星」だった。
唯一の手がかり――梱包に使われた段ボール箱には、【EXPO】とブロック体で書かれていた。
その文字の下には【Σ】の記号に似たロゴマーク(?)。
そんな社名やロゴの通販企業はネット上に存在しない――さらなる謎。
「どんなお願い事したの?」
ナツメ・サヤカの声。振り向くと彼女が立っていた。
お正月でもいつも通りの格好。ビーチサンダルとボロ雑巾みたいなスカート。赤くて四角いカバン。
手にはデッキブラシをふたつ持っている――なぜなら、おれたちは初詣ではなく掃除当番をしにきたから。
「ゾンビどもがこの世から消えてなくなりますように、ってな」
ナツメは指で輪っかを作った。それを額にもってくる。「…タカハシは嘘ついてるね」
思わず、両手で頭部をガードする。「勝手に人の心を読むな!」
ナツメにはマジでそういう能力があった。
プロファイルとか読心術なんてレベチ。ガチのエスパー級。アーニャもびっくり。
彼女といる時は絶対に変な事を考えられない。例えば、二次性徴に伴う危うい妄想とか。
でも、ナツメの外見は十二歳の少女のままだし、頭の中ではシルバニアファミリーがくるくる踊ってるような女子だ。
どうせなんのことかもわからないだろうけど――。
「わかってるって。わたしはプライバシーを尊重するからね。許可なく読んだりはしないよ」
「よくいうぜ」
彼女はデッキブラシをさしだしてきた。「そのかわり、ちゃんと掃除して」
しかたなく、デッキブラシを受け取って掃除にとりかかる。
「正月なんだからもっと適当でもいいんじゃないか?」
「ダメだよ。お客さんがくるんだから」
地球儀の広場はいつもどおり、ゾンビのゲロと死体が転がっている。
正月・新年・三が日だろうと関係なし。変わらない風景。変わらないクソ仕事。
スピーカーからは音楽。ディスク・ジョッキーの声。短波放送番組――ゲリラ・ラジオの時間。
『本日のニュースのお時間。
ハッピーニューイヤー! アポカリプス。
国連が二〇四九年度の”EWP”――世界を滅ぼしかねない最も危険な人物、
通称、【ワールドエンダー】を発表し、そこに含まれるニッポン人は以下の三名。
新東京帝国騎士団の
皇室復興十字軍の指導者。オプティマス・”K”。
ヤマト民族解放戦線の僧正。瀬戸内・”マリア”・蝶々。
続報。 今年で大変動――カタクリズムから十五年。
本放送の公式SNS@Guerrilla_Radio4471では”C”@チャレンジのリツイートを募集中。
犠牲者たちの名において。我々は”C”を忘れない――◯✕△◇』
おれはナツメに「広場にゾンビの焼死体が増えている」という話をしたが、彼女はラジオ放送に夢中できいていなかった。
「なにが?」って生返事をかえしてくる。手元の端末でSNSチェックに忙しい。
おれはデッキブラシで焼死体になったゾンビをつついてみせた。
「だから、死体が多すぎるんだよ。しかも、ほとんどがバーベキューでカリカリに焼けたベーコンみたいな死体だぜ」
ゾンビを退治するのは掃除当番の仕事だ。
夜間警備員がヤることもあるけど、彼らは銃器を使って撃ち殺す。
掃除当番は【A班】【B班】に別れてるが、【B班】の二人も火を使ったりはしない。
(というか、お客さんがいる時間に銃火器の類を使用することは禁止されてる)
「掃除当番以外のだれかがゾンビを殺してるんだ。しかも火炎放射器みたいなもので」
「それって火炎放射器じゃないかも…」
ナツメが端末の画面をおれの方に向けて見せた。
SNSに投稿された画像が写っている――ゾンビの焼死体と少年の自撮り。右手に火炎瓶、左手でCピース。
オレンジのキャップ。浅黒い肌。アジア系の顔立ち。みるからに自由民の悪ガキって風体。
「――あんときの火炎瓶小僧だ!」
地球儀の広場は周囲の地形に比べて八メートル程の高台になっている。
下には中央分離帯のある大きな道路が通っている。コンクリートは亀裂だらけで、信号機は機能していない。
一般車両が通行することはめったにない。第四区一帯はそこら中にゾンビが徘徊している。
少年が火炎瓶を投げた。「おぶつは消毒やーッ」
「ニーブラァ――!」――炎にくるまれたゾンビが断末魔をあげる。
火炎瓶小僧がガッツポーズする。端末で燃えるゾンビをRECしている。
おれは陸橋から飛び降りて、後ろからこっそりと忍び寄る。
おもむろに、やつの首根っこを押さえつける。
「コラァァァァッ! ゾンビ燃やすなっていったやろがーッ!」
火炎瓶小僧はびっくりして悲鳴をあげた。火炎瓶を落っことす。瓶が割れる。
「おまえが夜中にゾンビを焼き殺してる犯人だってことはわかってる。そのせいでおれたちの仕事が増えてるってことは知ってるか?」
小僧が首を大きく横にふる。「なんのことかわからん!」
「ウソをつくな。このお姉ちゃんは心の中が読めるんだぞ」
おれは口笛を吹いてナツメに合図した。「まずはこいつの個人情報だ」
ナツメが指で輪っかを作る。それを額にあてる――それは心の覗く望遠鏡のように作用する。
ナツメが言う。「名前はクボヅカ・ロミオ」
「どうみてもロミオって顔じゃないな(笑)」
「――二〇三八年三月九日生まれ」
火炎瓶小僧は顔を真っ赤にした。「ロミオっていうな!」
「じゃあ、ロミ。キミはどうしてゾンビを燃やすの?」
ロミは地面に唾を吐いた。「うるせえ、ブス」
「どうせ黙ってても分かるんだぞ」おれはロミの両腕を後ろからひねり上げた。
小僧が悲鳴をあげる。「わかったよ!」――ロミの体からチカラが抜ける。
しぶしぶ。「SNSにあげたらバズったから。あと、ワールドエンダーにしてやるっていわれたから」
「だれに?」
「モヒカンとスキンヘッド」
「そいつらは誰なんだ?」
「しらん。とにかくゾンビを燃やせって。そのヒトらが火炎瓶をくれた」
「ゾンビ燃やすだけで、【世界を滅ぼしかねない最も危険な人物】になれるって?」
「説教はいらん。あんたらやって、ゾンビいっぱい殺してるやん。アタマをふきとばしたり、バラバラに切り刻んだり。ノーミソとかナイゾーが飛び散って、SNSでめっちゃバズっとったで!」
ナツメは困った顔をした。「わたしたちは掃除当番だから、しかたなくってだけで…」
「そんならボクも掃除当番やったるわ!」
おれはロミの腕を離してやった。「アホか。そんなのはデマだ。もうこのあたりでゾンビ燃やすなよ」
「まって――。掃除当番やりたいっていうなら、させてあげようよ」
おれは目で合図を送った――ナツメはそれを読みとった。
以心伝心。ナツメからのメッセージ。(この子、かわいそうなんだよ。だって両親が――)
手を振る。「いい。言わなくて。どうせそんなヤツばっかだし。ナツメの好きにしろよ」
第四区(大阪湾沿岸部)は二〇四〇年まで紛争地だった。
旧・政府は埋め立て地に移民を押し込めていた。移民、移民擁護派の左翼、反移民勢力。暴動。デモ。虐殺。
米軍が介入して紛争を収めた。大統領は第四区をニッポンのガザ地区と呼んだ。
その後、自治権はどこかの金持ちか複合企業に委託されたらしい。
おれたちは地球儀の広場にもどった。
掃除用具入れから新しいデッキブラシをとりだし、ナツメはそれをロミに渡した。
それから掃除の手順を説明する――ゲロ掃除は中和洗剤をかけブラシでよく擦るんだよ。タイルの隙間にゲロが残っていないか注意して。でないと、下の土から新たなゾンビが生まれてくるから。最後にホースの水でよく洗い流すのよ。
ロミは「ゾンビをぶっ殺したい」と言った。
ナツメは「広場に登ってきたゾンビは退治してもいいよ。でも火炎瓶は禁止。火炎瓶は優等生の武器じゃないよ。そんなの使ってたらワールド・エンダーにはなれないよ」と諭した。
ロミはそれを信じた――なかなか上手い方便。
早晩、登ってきたゾンビとロミ少年が対戦することになった。新人戦。世紀末対決。
1Rはロミがデッキブラシを振り回すも空振り。2Rはゾンビがゲロを吐いた。ロミがゲロまみれになる。3Rは両者ゲロまみれの殴り合い。
セコンドからのアドバイス。「わたし、鈍器ってよくわからないんだよね」
おれは言った。「もっと腰を使え」――素振りで基本を叩き込む。「脇をしめて」
4R。ロミのデッキブラシがゾンビの脇腹をとらえた。ゾンビがあえぐ。苦し紛れのクリンチ。もつれあって地面に倒れる。ロミがゾンビの下敷きになって喘ぐ。レフェリーストップで試合終了。
ロミは半泣きになってデッキブラシを投げ捨てた。「こんなんで戦えるわけない、だってただの掃除道具やん!」(たしかに)
ナツメは「なにごとも経験だよ」と言って彼をなだめた。
パークの開演時間が過ぎ、地球儀の広場は初詣客と観光客で賑わっていた。
午後二時。ゾンビどもがワラワラと広場によじ登ってきた。ナツメはそれを「怒り狂ったオウムの群れみたい」と称した。
広場の下には自由民の悪ガキどもが五人ほど集まっていて、そいつらがゾンビにむかって火炎瓶を投げ始めた――それが引き金になったのだ。
彼らはロミの仲間らしい。「あいつらもボクも【火炎瓶ズ】や」
「火炎瓶ズって?」
「ゾンビをたくさん燃やせって。モヒカンとスキンヘッドに言われたんや。チーム名は【火炎瓶ズ】」
どうやら、その怪しげな二人組がゾンビを扇動している黒幕らしい。なぜそんなことをするのか、そんなことをしてなんの得があるのか――理由はわからないが、おれたち掃除当番にとっては大迷惑だ。
ユニバーサル・スタジオ人民解放区は臨時の避難警報を出した。
『入場ゲートを閉鎖しますので、広場のお客様は速やかに避難してください――』
お客さんが逃げ出し、おれとナツメとロミ少年だけ残された。そして続々と攻めてくるゾンビ軍団。
ゲリラ・ラジオは街のスピーカーで古臭い洋楽を流していた。
ゾンビどもは音楽で大人しくなる――のはずが、逆に凶暴化している。
「ニィーブラァー!」
デッキブラシを振り回して、ゾンビの頭を吹っ飛ばす。
ゾンビどもは狂犬病にかかった犬のようになっていた。四方八方から襲いかかってくる。
ゾンビに殴られる。噛みつかれる。体当たりを喰らう。
やつらの顔面に肘を叩きこむ。股座を蹴り上げる。背負い投げを喰らわせる。
「こいつら前より凶暴だぞ」
ナツメは二〇四九年度版の新しい詠唱を考えていた。「我は王土の守護者なり。我が剣は天叢雲。邪悪なる者どもよ――」
台詞の途中でスカートを引っ張られて最後まで言えず終い。剣を抜いて死人を切り刻む。
「あーあ。お気に入りのスカートが破れちゃった」
「パンツみえてるぞ」
ロミは火炎瓶を投げつけていたが、一発もあたらない。地面を燃やすだけ。
凶暴化したゾンビどもの動きは俊敏だ。ゾンビどもがロミを狙う。
逆に、おれたちは火炎瓶小僧を守りながら戦うはめになった。
二人+戦力外一人だとゲートを守りきれない――。
そう思った矢先、B班の二人が助っ人としてやってきた。
(二人とも臨時出勤で叩き起こされて機嫌が悪そうだった)
ヤマダの武器はデッキブラシに刃をとりつけた槍。モズノ・ニエの武器はデッキブラシに仕込んだ鎖分銅。
二人は最後の門番だ。ゲートをよじ登ろうとするゾンビどもを一匹残らず殺す。
ヤマダは一突きで三匹を串刺しにした。モズノは分銅でゾンビどもの頭蓋骨を次々に粉砕した。
ようやく、ゾンビどもの上陸作戦がやんだ時には、日も暮れかけていた。
シャトルバスは五回も欠航した。たくさんの客が人民解放区と空港で立ち往生した(らしい)。
そのことはSNSやメディアで大きくとりあげられた。
地球儀の広場はいまやオハマ・ビーチの如き凄惨な地獄絵図に変わっていた。
おれは疲れ果てて死体の上に座り込んだ。腕は筋肉痛。喉はカラカラ。
ナツメは血まみれになりながら言った。「せっかくだし、みんなで記念写真撮ろう――!」
彼女は端末を掲げて持った。「C@ツイートに応募するから、”C”ピースでお願いね」
ディスプレイには、ナツメとおれと火炎瓶小僧のロミ、それから機嫌の悪そうなヤマダとモズノ・ニエ。
背景にはゲロまみれの広場と、ゾンビの死体の山と、有刺鉄線が巻かれた地球儀模型。
ナツメは人差し指と親指で”C”を作った。おれたちも指、あるいは両手で”C”を作った。
「はい――”C"――で、カ・タ・ク・リ・ズ・ム!」
パシャ。
後日、その写真は「いいね」が3万もついて、C@チャレンジ大賞に選ばれた。
審査員のコメント――「血まみれの子供たちとゾンビの死体の山。これぞ世紀末って感じでグッドだ!」
ナツメのフォロワーはいきなり五〇〇〇人まで増えた。プチ・インフルエンサーの仲間入り。
まったく。大変動は新年でもデンジャラスでフリーダム、クレイジーでハッピーニューイヤーだぜ。
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