第11話 僕の状態
少女は身辺に落ちていた小石を手に取り、僕の座っている隣に腰をおろし、それから目で僕に確認をとると、地面に人間の輪郭を描き、その頭の部分から弧を描くと、その先に何やら丸い、煙のもやもやのようなものを描いた。少女が線を引くと、地面の砂が浮かび上がって水中が濁る。その度に僕は、ああ、そうかここは水の中なんだ、僕らは今湖の中にいるんだ、と思いだして不思議な気持ちになった。それにしても、僕は彼女がこれから何の話を始めるのか、皆目見当がつかなかった。
描き終えると、少女は小石の鋭角部分で今書いた人間の絵をコツコツとつついて、
「これがあなたの身体で、」
そうして、少女は、今度は例の丸の絵を指し、
「これがあなたの精神」
と言った。
精神?
「精神っていうのは、肉体に対して、能動的で意識的な心の働きのことをいうの。所謂魂ってやつよ。霊魂とか精霊とかいうでしょう。人間の身体は、精神によって支配されているものよ。なんとなく分かるでしょう」
頷いたけれど、自分の理解が正しいものなのか、確信は持てなかった。抽象的な説明は抽象的な理解しか生まない。
「肉体は精神に支配されるって言ったけれど、もちろん本来はそのようにあるはずなんだけれど、何らかの事情によってそうでなくなる場合があるの。つまり、2つが分かれてしまうっていうこと」
そう言うと、少女は、人間の輪郭(身体)と丸いもやもや(精神)をつないでいた弧を分断する線を描いた。それから僕の目をまっすぐに見つめた。
「これが今のあなたたちの状態なのよ」
言葉は深い湖の底から緩慢な速度で上昇していき、湖上の虚空に吸い込まれていった。僕はそれをただ遠方から観測している人間だった。目の前の少女は言葉を投げかけるけれど、それは僕に届かなかった。つまり、そういうことだった。
僕らは暫くの間無言で見つめあった。それは実に奇妙な時間だった。僕は無表情で無感情で少女を見つめ、彼女はおそらく何らかの意図をもって僕を無言で見つめていた。
仕方なく僕は口火を切った。分からないことは分からないと言わないと、このまま話が進行していってしまいそうな気配がしたからだ。
「"僕たち"っていうのは、僕と誰のこと?」
「あなたと、例の少年のことよ」
僕と、あの少年のこと?
そこで僕は瞑想に身を沈める。一番最初に彼と出会った時――それは確か祭りの日の夜のことだった――、思い起こせば、僕は妙な感覚を覚えていた。何故あの時、突然見知らぬ人間に声を掛けられたにも関わらず、僕は逃げなかったか。それは、見知らぬ人間では無かったからではないだろうか。自分の分身を見ているような気がしていたけれども、それはまさしく自分自身で、声も年齢も姿も、ほぼ全身似ていたのはそのためではなかったろうか。
迷妄を破り、僕は少女を見つめ、一言、
「君のいうとおりかもしれない」
と言った。
少女は僕の言葉に頷き、そうしてまた話を続けた。
「あなた達を最初に見たときから、私には分かったわ」
「どうして?」
「だって、私も以前は……、いや、私のことは良いわ。とにかく、今はあなたのことを考えましょう」
そう言うと、少女は寂しそうに笑った。
僕は少女が何を言おうとしたのか気になったが、彼女があまり触れてほしくないような目の色をしているをどことなく感じたので、僕は了知し、今はとにかく自分のこと、残り僅かな時間しか残されていないらしい僕自身のことを考えることにした。
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