第7話 少女の正体
翌朝、僕らはランプと簡単な武器をひとつずつ持って家を出た。朝は不思議なほど穏やかだった。小鳥たちのさえずりが絶えず響いていて、風は心地良く、森は昨日見たときよりも安らかに見えた。しかしながら、やはり空に太陽がなく、代わりに二つの目の玉があるというのは慣れないものだった。
僕がふと顔をあげてみると、二つの目玉はしっかりと僕らの方を見つめていた。それを知ると僕は寒気がした。表情がなかった。瞳はただ黒く塗りつぶされただけの頗る無機質的な丸で、それが僕らの動きに合わせて僅かに動いている。冷徹な瞳であった。
「気にしない方がいい」
と少年が言った。僕が顔を上げた仕草に気付いたようだ。
「あいつは何を考えているか分からない。僕らの様子を、なにも考えずに見ているのかもしれないし、あるいは何かを考えているのかもしれない。でもそれは誰にもわからない」
僕はなるべく上を見ないようにして、眼前に広がる奥深い森を見つめた。
樹木茂るなかにぽっかりと開いている入り口は闇に包まれ、周囲の空気を吸い込んでいる。葉が風に舞い、その大きな口に飲み込まれて行く。森が手招きしている。僕にはそのように感じられた。
森へ入る前に、僕らはランプに火をともした。ランプの炎は小さいけれど、底知れぬ暗闇を抱えた僕の心に大きな温かみを与えてくれる。この明かりがあるだけでも気持ちの面では相当楽になった。
「あまり奥には入らないようにしよう。とりあえず様子を見て、危ないと思ったらすぐに帰ろう」
僕は頷いた。
森には一応けもの道が続いているが、そこから外れると草木が自然の力にまかせて伸びていて、はぐれたら二度ともとの道には戻れなさそうだ。いかにも野生動物たちの往来によって生まれたと思わせるこの道は、一体どこへと続いているのだろう。
昨日来たときには気付かなかったが、この森には妙な生き物が生息しているようだった。ある木の幹をよくみると大量の紫色をした芋虫のような生き物が張り付いている。小さな羽虫が空中をさ迷い、極彩色の天道虫らしき生き物が飛びながらそれをパクパクと食べている。
しばらく森の中へ入ると、その向こうにギラギラと陽の光を反射している場所が目に入った。結構な広さのある円形の場所だった。僕らはひとまずそこを目指して歩くことにした。
「こんな場所に少女が住めるのかな」
僕がそうつぶやくと、少年が頷いた。
「何にせよこの世界だ。どんなことがあっても不思議じゃない。あるいは君が見たのは人間じゃなかったのかもしれない」
「でも、人間じゃなかったら何だっていうんだよ。あれはたしかに人間だったよ」
「君に好意を持たせる為に人間の姿をしていただけかもしれないだろう」
確かに彼の言うことも一理あった。しかし、もしそうであるとしたら彼女の正体は一体何なのだろう。僕に関心を持ってもらうために、人間の姿に化ける必要性を持つもの……。
やがて、目の前に大きな湖が広がった。湖の水が光を反射していたのだ。まるで森の聖域であるかのように、神秘的な空気に包まれた場所だった。木々はまるで湖を覆いかぶさろうとするかのように、内側へ囲うように梢が伸びている。小鳥たちが辺りを飛び回っている。生命の源を感じさせる。すべてはここで生まれ、ここから解放されていく。
「もしかしたら――」
少年が呟いた。
「この湖の中に、あの子がいるかもしれない」
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