力を持つ者
麦崎誠
序章
憲法と社会
「憲法9条には、日本は軍を持たないと書いてある。まあ、いわゆる戦争の放棄だな。GHQの強い影響下で制定された憲法だが、後に、東西冷戦が激化し、日本にも再軍備の流れが生まれる。そこで作られたのが警察予備隊、後の自衛隊だ。」
久瀬恒一は、先生の話を聞きながら、メモを取る。
(憲法9条...ねぇ)
「戦争はここ、広島と長崎に原爆を落とされたことをきっかけに政府がポツダム宣言を受諾して日本の敗戦という形で幕を下ろしたことは、知っているだろう。君たちは、広島に生まれ育った。小中学生の時、何度も、何度も平和公園に足を運んだことだろう。戦争を二度と起こさないために、この条項は大切なんだ。」
久瀬は、熱心にノートを取る。勉強して、良い大学に入るために。
休み時間--
「久瀬君」
昼食を食べ、仮眠をとっている久瀬のもとに、友人の山根がやってきた。
「なんだよ、山根...俺、寝てたんだけど」
「いいじゃねぇか。それよりさ、さっきの現社の授業、お前よく起きてたな」
「え?」
「憲法の話なんて、俺、眠たくて眠たくて......ほら、これ」
山根のノートには、ミミズのような線が左から右へ、無数に伸びていた。
「うわ、山根......極限状態じゃねぇか」
「へへ。そういうわけだからさ、久瀬のノート、見せてくんね?」
「ったく、しゃあねえな。後で、セブンで唐揚げ棒おごりな」
「はいよ。サンキュー」
山根は軽快な足取りで去っていった。
それから時が過ぎ、2024年10月。――
久瀬恒一は、19歳。初めての国政選挙の投票日を迎えようとしていた。投票するからには、この国の事、政党の事を知らなければならない。恒一は、スマホで選挙情報サイトを見ていた。
「改憲......か。」
恒一は、高校時代の憲法9条の授業を思い出す。
「共産党は9条護憲、自民党は改憲寄り……か。」
(そもそも、今の情勢ってどうなってるんだっけ?)
ネットニュースには、ロシア・ウクライナ戦争の事、北朝鮮のミサイルのことが取り上げられていた。
(日本も......他人事じゃないのか?9条...変えた方がいいのか?)
恒一は、迷った末に、国民民主党に投票した。
その年の12月――
恒一は、新天地、高知のスーパーでアルバイトをしていた。
バイト終わりに店長に話しかけられる。
「久瀬君、イナカに帰らんが?」
(田舎?広島は...高知よりは都会なんじゃけど......)
「え?あ、ああ、実家ですか?一応、明後日から帰ろうと思ってます」
「そうかえ。ゆっくりしてきや」
「はい。ありがとうございます」
そうして、恒一は年越しを地元、広島でするために、高速バスに乗った。
広島まで、片道5時間ほど。最初こそ、バスで本を読んだり、YouTubeを見たりしていたが、2つ目の休憩地点を抜けてから、睡魔が襲ってきた。
(八幡パーキングを過ぎれば......もう、少し、だな......)
それから30分後、肌を刺すような冷たい風に頬を撫でられ、目を覚ます。
「もう、着いたのか?」
恒一は、眠たい目をこすり、立ち上がる。しかし、そこにはバスの姿も、ほかの乗客の姿もなかった。
(寝すぎて、無理やり降ろされたのか?――いや、あり得んじゃろ......)
目の前に広がる光景は、木造の建物が立ち並び、モンペ姿の女性たちが井戸端会議をしている町並みだった。
「なんだ、これ、夢......だよな?」
頬を叩く。鈍い痛み。
(嘘、だろ?)
「ス、スマホ!」
ポケットに入っていたスマートフォンの画面はバキバキに割れ、電源すらも点かなかった。
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