第6話:ハルはまだ、自分が怖い存在だってことを知らない。
留置場の冷たい壁にもたれながら、俺は嫌な予感しかしなかった。
ハルは優しい。
だけど、一度言い出すと意地になって、人の話なんか聞かない。
甘えん坊なくせに変なところだけ頑固だ。
それに・・・今のハルはホログラムでも普通の女の子でもない。
義体を持っている。
身体能力だって、人間の範囲をたぶん越えてる。
でも、中身は案外ポンコツで・・・ホラー映画を見た夜は電気を消して寝られないし、カップ麺にお湯を入れて三十秒で開けようとするし・・・そんなやつが裏社会に闇組織に関わって行く。
やっぱり嫌な予感しかしなかった。
そして港のジャンクショップ・・・カランと鳴らないベルが揺れた。
カウンターの上で灰色の猫、Qが顔を上げた。
「ニャ〜・・・」
「こんばんは、君が噂のQちゃん?・・・トッキーから聞いてるよ」
ハルはQに小さく手を振った。
Qはハルをじっと見つめたあと、なぜか尻尾を一回揺らした。
Qの鳴き声を聞いて店の奥から低い声がして老人が出てきた。
「・・・何か?」
Mだった・・・白髪混じりの老人は胡散臭そうに、ハルを見た。
「Qを知ってるってことは君は普通の客じゃないってことかな?」
ハルは少し考えて答えた。
「私・・・
「ほう・・・月並くんの?」
「心拍数、さっきから上がってます・・・人工心臓ですけど」
Mの眉がわずかに動いた。
「君、冗談を言うタイプかね?」
「私、ガイノイドです・・・人間の女じゃありません・・・だから人間の男子より
力も強いし・・・あなたと戦っても負けないと思います」
「こっちにはこれがあるけど、ハルさん」
そう言ってMはピストルを見せた。
「それ撃った瞬間に。あなたの顔が誰の顔か分からなくなってる思うんですけど・・・」
「ニャ」
Qがそうだって言うように一声鳴いた。
「Qの反応に従った方が良さそうですね・・・」
少しだけ空気が緩んだ・・・・でもハルはすぐ真顔になった。
「お願いがあります」
どうやらもう情報が回ってるみたいでMがピストルをテーブルに置くと言った。
「・・・月並くんの件かね?」
「はい」
「諦めろ・・・若い男は時々痛い目を見るもんだ」
「痛い目で済まないかもしれません」
「・・・」
「私、トッキーに危ない仕事やめてって言ったんです」
ハルの声が少し小さくなる。
「でも、最後にするって言ってたから信じてたんです」
沈黙。
「信じたのに警察に捕まっちゃいました」
その言葉だけ、妙に寂しかった。
「だから助けたいんです」
Mは黙っていた・・・そしてやがて口を開いた。
「若いな・・・」
「はい?」
「君も、月並くんも・・・」
「・・・若いって駄目ですか?」
老人は笑った・・・でも少し疲れた笑いだった。
「若い奴は守りたいものが出来ると無茶をする」
ハルは即答した。
「そうですけど・・・それのどこがいけないんですか?」
「だって、トッキーは私の恋人ですよ」
「紆余曲折あって、やっと彼に触れられるようになったんです」
ふたりの会話が止まる・・・店が静かになって時計の音だけが妙に耳についた・・・でもハルは続けた。
「抱きしめたり、一緒にご飯食べたり、喧嘩したり・・・そういう普通を始めたばっかりなんです」
そして一区切り入れて小さく息を吸うとまた言った。
「だから失いたくないんです・・・彼を」
Mは長い沈黙のあと、紙を差し出した・・・それは、とある住所を書いた紙だった。
「まあ、君が来ると思って用意はしておいた」
「え?・・・私が来ること知ってたんですか?」
「じゃないと、こんな場所で闇の商売なんかやってないよ」
怖いくらいなんでも知ってるM。
「そこが斡旋業者の仮の事務所だ・・・行くなら止めん」
「ありがとうございます」
「だが一つ忠告しておくぞ」
ハルは顔を上げる・・・老人の目が鋭かった。
「君は、まだ自分の存在を知らなさすぎる」
「・・・」
「そのガイノイドの身体・・・普通のガイノイドの義体じゃない」
そう言われても身に覚えのないハルは驚くばかり。
「分かりませんけど・・・」
「まあ、いい、そのうち自分が何者か、いずれ知ることになるだろう」
小さな沈黙。
ハルはMが行ったことの意味が理解できずに戸惑った。
「そんなことより、今はトッキーの方が大事です」
「そうだろうな・・・頑張って行って来なさい、きっと君なら大丈夫だ」
そして雑居ビルの三階・・・薄暗い廊下。
ビルの入り口までやって来たハルは深呼吸した・・・怖い・・・帰りたい。
トッキーがいたら絶対止める。
バカかお前! こんな場所に一人で来るな!
「って怒る・・・でも行かなきゃ」
コンコン。
ハルは「鈴木商会」ってなんの変哲も無い文字が貼ってあるドアをノックした。
しばらくして扉が開く・・・。
出て来たのは金髪の男・・・鋭い目でハルを見て不気味に笑った。
「なんだよ・・・女子高生か?・・・女子高生がなんの用だ?」
ハルが家にいる時はメイドの衣装が多いが、外に出る時は時生はハルに
女子高生の格好をさせていたから、ハルは今日も女子高生のままだった。
「まあ・・・いいや、入れよ・・・俺たちもヒマしてたし・・・」
ハルは恐る恐る部屋に入ると中に男が五人、ソファーに座って花札をしていた。
全員が舐め回すようにハルを見ていた。
酒・・・煙草・・・散らかった机・・・空気が悪い・・・映っていたテレビに、いかがわしい映像が流れていた・・・全部が淀んでいた。
そして男の一人が笑いながら言った。
「バイトか?・・・女子高生にぴったりな、いいバイトあるぞ」
別の男。
「かわいい顔してんな・・・誰の紹介?」
ハルは頭を下げた。
「お願いがあって来ました」
「あ?」
「トッキー・・・
空気が止まる・・・奥の男が眉をひそめた。
「ああ・・・あいつか?」
「彼はバイトの事情を知りませんでした・・・ただ仕事を紹介されただけです」
「・・・」
「だから証言してください、事件に巻き込まれただけだったって」
数秒後・・・部屋中爆笑。
「だはははは!・・・おい聞いたか?・・・ドラマのヒロインかよ!」
ハルは困った顔をした。
「今の笑うところですか?」
「違ぇよ!!嬢ちゃん」
奥の男が立ち上がる・・・意外と背が高いし、この男も目が冷たい。
「ここは、女子高生のお願いを聞く場所じゃねぇんだわ」
男の距離が近くなる。
ハルは後ろへ下がる・・・怖い・・・逃げろってそう本能が言ってる。
男が顔を近づけた。
「なぁ・・・学校サボって男。助けたくて一人でここに来たのか?」
男はハルのことを普通の女子高生だと思ってる・・・どこからどう見ても女子高生だし・・・勘違いしてもまあ、仕方ないよな。
「・・・はい・・・あのトッキーを助けてください」
「バカだな」
男が笑う・・・・嫌な笑い・・・そして男の手がハルの肩へ伸びた。
「ネエちゃん・・・俺たちが可愛がってやるよ・・・忘れられない一日にしてやっから・・・な?・・・その後で売っぱらってやるよ」
その瞬間、ハルの中で何かがハジけた。
つづく。
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