第3話 妻は智恵の家でご飯を食べていた

日が暮れた。


夜になろうというのに、隣家では先ほどから人の出入りが慌ただしい。

白い作業着の男たちが出入りし、何かを運び込んでいる。


(夜に害虫駆除……? にしては人数が多いような)


遥は窓からそっと覗きながら、胸の奥に小さな違和感を覚えた。

そのうち、今度はスーツ姿の男性が二人、家の前に立った。


「ごめんください」


「はい。ちょっとお待ちください」


遥が玄関を開けると、にこやかだが目つきの鋭い初老の男性と、体格のいい三十代ほどの男性が立っていた。

二人とも、ただ者ではない雰囲気をまとっている。


「どちら様ですか?」


「失礼しました。私は富田といいます」


「はぁ···」


初老の男性が名刺を差し出した

差し出された名刺を見た瞬間、遥は息を呑んだ。

名刺には、警察とあった。


(まさか……おばあちゃん、何かやらかした?)


と遥は肝を潰す。


「あ、あの、祖母が何か、ご厄介に···」


「いや、そうじゃありません。今日、城戸麻友子さんを見かけなかったか、お伺いにきただけです」


「お隣の?」


「ええ。そうです」


「朝方は、見かけましたが···」


「それ以降は?」


「すみません。見てないです。何かあったんですか?」


「いや、見かけなかったのであれば問題はないです。もし、見かけましたら、名刺に書いてある連絡先まで一報していただけますか?」


「分かりました」


「では、失礼しました。おい、行くぞ」


二人はあっさりと去っていった。


(……何だったんだろう?)


誘拐事件――そんなドラマみたいなこと、あるわけない。

そう思いながらも、胸の奥がざわつく。


そして、ふと気づいた。


――由香が帰ってきていない。

夜になっても連絡がつかず、遥は胸の奥がざわついていた。


(お隣のあれ……本当に誘拐事件だったんじゃ…···おばあちゃんが巻き込まれた?)


いや、違う。

またおばあちゃんが勝手にどこかへ行っただけだ。

親友の智恵さんの家に行っているだけだ。

そう思いたいのに、嫌な予感が喉の奥に引っかかって離れない。

時計の音がやけに大きく聞こえた。

お隣のことと由香のあの変にあたる"勘"が働いたことを知っているだけに不安で仕方ないのだ。

部屋の中をうろうろとする。

――まさか。

居ても立ってもいられず、遥は智恵の家へと走った。

智恵の家は昔からある大きな日本家屋で、なぜか納屋があり、田舎の豪邸といった感じの屋敷だった。

遥はチャイムを押す。

家の中から香ってくる温かい匂いが鼻をくすぐった。

その匂いが、逆に遥の不安を強める。


「……カレーの匂い?」


「カレーと、唐揚げと、ポテサラと――あら、遥ちゃん、どうしたの?由香は?」


智恵が振り返った瞬間、遥の視界に飛び込んできたのは――

お隣の麻友子が、山盛りのカレーを前に固まっている姿だった。

麻友子の表情は、食べ物の量に圧倒されて、恐怖の引きつった表情をしていた。


「……あの……もう食べられません……」


声が震えている。

遥はその震えに、共感を覚えた。

智恵の出す量は半端じゃないのだ。

遥はデカ盛りハンターでさえ、その量に目をむくと思っている。


「えっ……お隣の奥さん!?なんでここに!?」


麻友子は遥を見ると、安堵恐怖が入り混じった目で肩をすくめた。


「た、助けて···この家、料理が···…異常に多い…····」


麻友子は言葉を口にするのも苦しそうだ。

智恵はいつも通りの調子で皿を追加しようとしているが、麻友子の手は小刻みに震えていた。


「……麻友子さん、誘拐されたんじゃ……ないんですか……」


「えっ?」


「お隣、慌ただしくて、人の出入りもあって…警察の人も来ていて…」


「あら、麻由子さんは公園に一人でいたのよ。だから家に連れてきたんだけど?」


自家製の梅干を手に智恵が言った。


「じゃあ誘拐されたのって……」


遥の脳裏に、由香の姿が浮かぶ。

強くて、はきはきしていて、誰にも負けないおばあちゃん。

でも――


(おばあちゃんだって、危ないときは危ないんだよ……!)


胸がぎゅっと締めつけられた。


「おばあちゃん!?」


遥は更に青ざめた。


「ま、まさか……由香さんが……!?」


麻由子の声には、自分のせいかもしれないという罪悪感が滲んでいた。

その仕草には、長い間、何かに怯え、疲れた人独特の影を垣間見た。

遥は気づいた。

――この人は、何かを知っていると。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る