第16話
美咲ちゃんに図星を突かれて顔を真っ赤にしながら教室に戻ってきた白雪さんだったが、次の時間にはなんとかいつもの冷徹なポーカーフェイスを取り戻していた。そして迎えた4時間目。今日の授業は、クラス全員が楽しみにしていた家庭科の調理実習だった。
「よし、今日のメニューはハンバーグだ。各自、エプロンを着けて調理台に集まるように」
先生の指示に従い、俺は指定された調理台へと向かう。今回の班は、俺、右隣の席の白雪さん、そして前の席のゆあという、いつもの3人が同じ調理台を囲む形になっていた。白雪さんは水色のエプロンを完璧に着こなし、すでに臨戦態勢だ。
「如月くん、星野さん。足を引っ張らないでくださいね。手順通りにやれば失敗はないはずですから」
白雪さんは、いつもの学年一位らしい完璧な口調で釘を刺してくる。だが、調理が始まった瞬間、我が班はさっそく大ピンチを迎えた。
「ええっと、玉ねぎを……こう、ですか……? あれ? 涙が止まりません……っ」
ゆあが、包丁を両手で危なっかしく握りしめ、涙目でオロオロとしていた。ゆあはVTuber『のあ』としては完璧な大天使だが、リアルな彼女は「絶望的に料理が苦手なポンコツ」という、可愛い隠し財産を持っていたのだ。彼女が刻んだ玉ねぎは、みじん切りどころか、もはやサイコロステーキ並みの巨大な塊(かたまり)になっていた。これではハンバーグの種に入れたらボロボロに崩れてしまう。
「はぁ……。星野さん、流石にそれは使い物になりません。私がやりますから貸しなさい」
白雪さんが呆れたように割って入ろうとした、その時だった。
「――よし、ゆあ、危ないから包丁貸して。そこからは俺の出番だ」
「え? 湊さん……?」
俺は黒いエプロンの紐を後ろでキュッと手際よく結ぶと、ゆあから包丁をバトンタッチした。自分で言うのもなんだが、俺の両親は共働きで昔からとにかく忙しかった。だから俺は、小学1年生の時から今日までの丸10年間、毎日欠かさず両親の代わりにキッチンに立ち続けてきたのだ。俺にとって、料理は「お手伝い」なんて生易しいものではなく、10年磨き続けた『本気の技術』である。
トントントントントントントン……ッ!!!
家庭科室の喧騒を掻き消すような、圧倒的かつ等間隔の、凄まじい包丁の音が響き渡った。俺の手元で、ゆあが残した玉ねぎの塊が一瞬にして、1ミリの狂いもない完璧で均一な『極上のミジン切り』へと姿を変えていく。
「な……っ!?」
白雪さんが、持っていたボウルを落としそうになるほど目を見開いた。俺の10年モノの腕前は、ここからが本番だ。ひき肉に塩を入れて素早く手でこね、肉の温度が上がらないうちに、ボウルの中で完璧な粘り気を出していく。炒めた玉ねぎと繋ぎを加え、両手で交互にパン、パン、とリズミカルに空気を抜く。その形は、完全に洋食屋のプロのそれだった。
「火加減は中火、最初は表面をしっかり焼き固めて旨味を閉じ込める。焼き色がついたらひっくり返して、少量の白ワインを振ってフタをして弱火で蒸し焼き。肉汁を中に閉じ込めるのがコツなんだよね」
俺はド天然な無自覚スマイルを浮かべながら、テキパキとフライパンを操っていく。やがてフタを開けると、家庭科室中に、肉汁の弾けるジュワァァという最高の音と、理性を狂わせるほどの極上の香りが立ち込めた。ふっくらと、信じられないほど丸々と膨らんだ、肉汁の泉のような究極のハンバーグ。学校の調理実習で、一般の男子高校生が作っていいクオリティを遥かに超越していた。
「――よし、完成! 二人とも、お皿並べてくれる?」
俺が笑顔で振り返ると、ゆあは「わぁ……っ!」と目を輝かせて拍手をしていた。そして、右隣の席の白雪さんはというと――。
「……う、嘘……。何よ、その手際は……」
白雪詩織は、完全に魂を抜かれたように呆然と立ち尽くしていた。勉強もできて、顔もよくて、本気を出さないカラオケでも90点台を連発する男。そんな完璧超人のくせに、いつもは席を間違えたり消しゴムを無くしたりするポンコツなのに――キッチンに立った瞬間、10年選手の大ベテランの顔をして、自分より何倍も完璧なハンバーグを焼き上げてみせたのだ。
ギャップが。
現実の如月湊の放つ『ギャップの暴力』が、白雪さんのキャパシティを完全に粉砕していた。
(ムカつく……っ! ムカつくのに、格好よすぎて……心臓が止まるわよこんなの……っ!!)
白雪さんは顔を耳の裏まで真っ赤に染め上げ、自分の完璧なアイデンティティ(優等生)が完全に敗北したのを感じて、悔しさと恥ずかしさで震えていた。
「白雪さん、ハンバーグ、冷めないうちに食べよ? はい、これ、一番綺麗に焼けたやつ」
俺が特大の笑顔で一番出来の良いハンバーグをお皿に乗せて差し出す。白雪さんは真っ赤な顔のまま、受け取る手が小さく震えていた。
「あ、ありがとうございます……。……如月くんのくせに、無駄に美味しそうなのが本当に腹が立ちます……っ」
白雪さんはツンと派手に顔を背けたが、その瞳は完全に潤んでおり、現実の湊への強烈な『キュン』に必死に耐えているのは丸分かりだった。前の席では、ゆあが「湊さん、さすがです!」と、俺の腕にその豊満な胸を『むにゅっ』と押し付けながら微笑み、二人の美少女からの視線が俺に集中していたのだった。
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