5,もう1つの殺人

取り調べ室は異様な空気を漂わせている。

部屋の中には志村と石井しかいない。

今日は何度も、このような状況になるなと、石井はうんざりしていた。

しかし、なぜか志村は石井に話しかけてはこないし、見向きもしていない。

話しかけられたら、それはそれで嫌だが、違和感を覚える気持ち悪さがあった。

石井の方から視線を志村の方に向けてみるが、志村はこちらをチラッと見た程度でそっぽを向く。

その姿はどこが落ち着きがなく、オドオドしているかのように見える。

足元をよく見ると、貧乏ゆすりをしているようだ。

気になったとはいえ、石井は話しかけようなんてことはしなかった。

実際、なんて話しかければいいのかも分からない。

下手に話して、自分もこの仕事から降ろされてしまうのはごめんだったのだ。

ただ何も考えずに、指を動かし、タイピングをする。

それだけでよかった。

怠けているように聞こえるが、情報を共有する上ではかなり重要な仕事のため、決して手を抜いているわけではない。


しばらくすると取り調べ室の扉が開き、1人の刑事が入ってくる。

黒崎だ。

この時、志村は黒崎の顔を見るなり、安堵したような表情を見せた。

オドオドがなくなり、貧乏ゆすりもピタッと病んだのだ。

石井はそのことには気がつかなかった。

部屋に入ってきた黒崎にのみ集中がいっていたからだ。

黒崎は部屋に入ってくるなり、手で石井を呼んだ。

石井は取り調べ室から出て扉を閉める。


束の間だが、取り調べ室には志村1人だけという状況になった。

彼が何をしていようが外のものには分からない。

扉が閉まり、中が見えないとなると、やつが何をしているかという可能性は無限大である。

黒崎からの伝言を受け取り、再び取り調べ室に入った。


石井は気がつく。

志村がさっきとはまるで別人かのような雰囲気を放っているということに。

先程まで、落ち着きがなかった彼だが、今は人が変わったかのように落ち着いている。

サイコパスの風貌というものを取り戻したかのように。

違和感を感じながらも、自分の業務をこなす。

パソコンのキーボードのJとFに両手の人差し指を添える。

2人のどちらかが話し始めるまで待機をしていた。


「志村さん。

今からは、私が取り調べをしますので、よろしくお願いしますね」


「これはまた、随分とイケメンですね。

相当、女性からモテるんじゃないんですか?」


志村は得意げに、川原井にしていたような質問を黒崎に投げかける。


「どうでしょうかね。

私は正確に少し難アリなので、モテているという自覚はありませんけど。

志村さんの方こそ、整っている容姿をしてます。

髪型をもう少ししっかりすれば、女性がわんさか寄ってくるんじゃないかと」


志村は嬉しそうだった。

世間話ができているからだと石井は考えたが、目の前に座っている黒崎という男が話の通じる人間だったからという理由も浮かぶ。

誰の目から見ても志村は楽しげだということは分かる。


「そうですか?

僕は自分の容姿をイケメンとか整ってるなんて思ったことはありませんよ。

それだったらもっとモテてるはずですから」


「モテてますし、あなたは自分の容姿を人より下に見ているというのはダウトですね。

あなたは周りの人間よりも自分が整った顔をしていることを知っています」


「なぜ、そう言えるんですか?」


「会話は全て見させて貰っていました。

あなたは、どうやら、相手の心の内を読むのが得意だと。

目を見て判断し、声をかける。

そこにはもう1つの事柄が必要になるんです。

容姿が例えば、ヤクザっぽかったり、強面の人間なら、声をかけたところで相手には逃げられるでしょう。

あなたは知っていたんです、自分の顔がイケメンで相手が安心するような寄り添える顔だって」


石井はパソコンに会話を打ち込みながら、志村の顔をチラッと見る。

容姿は悪いとは決して言えない。

アイドルのように飛び抜けた容姿とは言い難いが、女性に聞けば、過半数がイケメンだと答えるのではないか?と思える容姿だ。

対する黒崎も同じぐらいの容姿であると石井は思った。

黒崎の話は納得できてしまう。

ナンパをする人間は心のどこかでは自分に自信がある。

カッコイイ、声をかけたら女を釣ることができるという自信があるからこそ、色んな女性にアタックができるのだ。

「俺そんなにかっこよくないよ」なんて謙遜をすることで相手からの好感度をあげようとする。

そういうものなのだ。


「そういうあなたこそ、とても整った容姿です。

さっきも言いましたねこれ。

それなら、2人以上の女性に言い寄られることもあったんじゃないですか?」


「私はナンパされたことはありませんよ。

正確に難アリなので、深く付き合っても、私のことを好いてくれる人間は少ないです。

前置きはこれぐらいでいいですか?」


「前置き?」


「あなたが私を見るなりすごく嬉しそうで。

だから、雑談をしたんです。

案の定、あなたは今、ものすごく楽しそうだ」


志村の表情が少し曇る。

晴れていた空に、雲が現れたような感じだ。

太陽の光を完全には隠しきらずとも、徐々に光を遮り、完全に光を遮断する前触れのように。


「すいませんね。

同じ人と話してたもんで、新しい人と話せるのが少し嬉しかったみたいです」


「では、本題に入りましょうか。

私には、もう1つの殺人の描写を話してくれますか?」


「いいでしょう。

雑談はとても楽しかった。あなたに話しましょう」


石井はパソコンに「話しましょう」という言葉を打つと同時に、唾をゴクリと飲み込んだ。

これから、目の前で殺人の描写の思い出話をされる。

嫌でも聞いていれば、脳内でその描写を想像せずにはいられない。

パソコンに打ち込んでいるというのなら尚更だ。

石井は少しの覚悟をした。


「あの子は、自分自身に病んでいましたね」


「と言うと?」


「ありませんか?

自分は何のために存在してるのか。

今、こうやってダラダラ過ごしていていいのかって。

そうして理由もなく自分自身を追い込んでいくんです。そういう人は何を求めるのか。

人の暖かさ、温もりなんですよ。

貪欲に、恋人や人間関係を求めるんです。

そうして、関係性は悪化し、病んでいく。

負のループってやつですね。

どう思いますか?」


「ものすごくバカバカしいと、客観的に見れば思いますね。実際に思いますし。

幸せで、何不自由なく過ごしているのに、さらに幸せを求めて地の底に落ちる。

聞けば聞くほど、自業自得じゃないですか?」


「おお〜かなり言いますね。

そういう人ほど…」


「吸収しやすい?」


取り調べはどちらのペースとも言い難い状況だった。

黒崎は余裕な感じで、志村も焦っているようには見えない。

石井は川原井の取り調べを聞いていたからこそ、彼が志村に飲まれていくのを真近で感じられた。

それに対して、この黒崎という男は志村のペースに全くと言っていいほど飲まれていないように感じられる。

この取り調べで何が起ころうとしているのか、石井には分かり兼ねた。


「そこからは1個前に話した内容とほぼ同じですよ。

長い間熟成して、時が満ちた時、殺して、死体を眺めて優越に浸る。

こんなにいいものはないんですよ。

あ〜なんか、名前、思い出してきました。

確か、ユイって言ったかな」


「九条結衣さんですか?」


「そうです。そんな名前でした。

あの子はいい体をしていましたね。

解体する時、かなーり楽しかったような記憶があります」


黒崎は目で合図し、石井は上に連絡する。

石井は黒崎が言葉を先読みした時、口調が少し強くなっているように感じた。

軽く負けず嫌いでも発動したのだろうか?

ムッとした表情がパソコンの画面の外柄からチラッと見えた気がした。

黒崎は気にせず、話を続ける。


「その時も、別の女性が何人かいたんですか?

恋人、のフリをしているっていう」


「言い方は癪ですけど、その通りです。

言った通り、僕は恋人が1人だったことはありません。

あるとすれば、最初ですね。

最初に恋人を作った時だけ、です」


「すごいですね」


黒崎の言葉に反応したのは石井だった。

犯人の証言に対し「すごい」なんて思ったことはなかったのだ。

どんなに綺麗事を並べようとも、志村は殺人犯。

決して褒められるようなことをしている訳ではない。

だからこそ、黒崎の言葉に反応せざるを得なかった。


「すごい?何がですか?」


「その間、ずっと他の女性にバレないでやれてたってことですよね?」


「そりゃ、もちろん。

心が弱っている相手はみんな僕だけを愛そうとしてくれました。

目を見れば分かるんです。

誰も僕のことを疑ってなんていなかったと思いますよ」


「なるほど。

あなたが浮気しているなんて誰も考えなかったわけですね。

でも、誰が浮気してるかなんて分かりませんよ。

あなたが言ったように、証明することは難しい。

誰かしらは、あなたのことを疑っていた可能性もありますよね?」


黒崎は煽るように言った。

言い分はまるで、愛してもらえてると自惚れたお前の姿は滑稽だと嘲笑っているかのようだった。

志村がこれに気が付かないはずはない。

案の定、気がついているようだった。

その証拠に、次に志村から発せられた言葉は、強く、反論するかのような口調だった。


「確かに、誰がどんな人とどんな関係を持っているかなんて分かりません。

僕は心を見ているんです。

全員が僕を愛していたんですよ黒崎さん」


「おや、なんで、私の名前を知ってるんですか?」

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