第2話 既読

 「返事が遅いだけで、不安になる人間は多い。」


 薄暗い店のカウンターで、アナク はスマートフォンを指先で軽く回した。


 画面には、一つのメッセージアプリが開かれている。


 最後の表示は、たった二文字。


 既読。


 アナクは微笑んだ。


 「たったそれだけの表示に、人は勝手な物語を作り始める。」


 怒っているのか。  嫌われたのか。  浮気しているのか。  事故に遭ったのか。


 「返事が来るまでの沈黙を、人間は自分の恐怖で埋めてしまう。」


 彼はスマホの画面を伏せた。


 「これは、ある男が“本当の沈黙”を知る話だ。」



---


 タクヤは、ベッドの上でスマホを見つめていた。


 恋人のユイに送ったメッセージ。


> 今日、何してる?




 画面には「既読」の文字。


 だが、返信は来ない。


 5分。  10分。  30分。


 タクヤの胸がざわつく。


 SNSを開く。


 ユイの更新はない。


 だがオンライン表示はついている。


 「なんで返信しないんだよ……」


 再びメッセージを送る。


> 忙しい?


何かあった?


俺、何かした?




 既読。


 返信なし。



---


 翌日になっても、返事はなかった。


 電話もつながらない。


 タクヤは仕事中もスマホが気になって仕方ない。


 頭の中では最悪の想像が膨らんでいく。


 浮気。  別れ。  事故。  事件。


 その夜、彼はユイのアパートに向かった。



---


 部屋の明かりはついていない。


 インターホンを押しても反応なし。


 電話もつながらない。


 しかし、タクヤには合鍵があった。


 「……ごめん。」


 そう呟き、鍵を差し込む。


 カチャ。


 扉は、簡単に開いた。



---


 部屋の中は静まり返っていた。


 靴はある。


 バッグもある。


 スマホの充電器も繋がっている。


 なのに、ユイだけがいない。


 「ユイ?」


 返事はない。


 寝室に向かう。


 扉を開けた瞬間、タクヤは凍りついた。



---


 ベッドの上。


 ユイが横たわっていた。


 眠っているように見えた。


 だが、動かない。


 肌は青白く、  首には深い痣が残っていた。


 タクヤの喉から声にならない音が漏れた。



---


 震える手でスマホを見る。


 ユイとのトーク画面。


 最後のメッセージには、昨日の夜の時刻で「既読」がついている。


 しかし、その下に新しい通知が表示された。


> 今、見つけてくれたんだね。




 タクヤは息を呑んだ。


> やっと会えた。




 送信者は、ユイ。


 時刻は、たった今。



---


 震える指で画面を見つめる。


> ずっと待ってたよ。




 背後で、ベッドのスプリングが軋んだ。


 ギシ。


 タクヤの全身から血の気が引いた。


> ねえ。




 ギシ。


> 今度は、あなたが返事をして。





---


 翌朝。


 近隣住民の通報で警察が駆けつけた。


 部屋の中には、二人の遺体。


 ユイは数日前に死亡していた。


 そしてタクヤは、その隣で首を吊っていた。


 発見時、彼のスマホにはメッセージ入力画面が開かれていた。


> ごめん




 それだけ打ち込まれたまま、送信されていなかった。



---


 アナクはスマホの画面を閉じた。


 「返信がないと、不安になる。」


 彼は静かに笑う。


 「だが、本当に恐ろしいのは――」


 カラン、と氷が鳴る。


 「返事が来てはいけない相手から、返ってくることだ。」


 彼はスマホをテーブルに置いた。


 画面には、一件の通知。


> 既読




 アナクはそれを見て、楽しそうに微笑んだ。

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