第二部 第一話 新しいいのち

夕食後。

いつものように静かな食卓。

でも、無機質ではなく、リラックスしているから言葉がいらない。

そんな時。

「真人さん……」

新凪はマグカップを持って、ソファに座る真人の隣に腰掛けた。

少し緊張しているように見える。

「ん?どうしたの?」

真人はやさしくたずねた。

「……実は」

少し言い淀んでから。

「……赤ちゃんできました」

そして不安そうに真人を上目遣いで見た。

「っ!」

真人は一瞬固まった。

でも。

新凪をそっと抱き寄せて。

「……ありがとうございます」

その声は喜びに震えていた。

「今日病院に行ってきて」

「間違いないって」

新凪は一言一言確かめるように。


「どっちかな?」

結子が目を輝かせて尋ねた。

「今なら生まれる前にわかるんでしょ?」

「妹だったらいいなぁ」

嬉しそうに妄想の世界に旅立った。


「どちらかは聞かないことにしました」

新凪は考えていたことを口にした。

「だって、どちらでも嬉しいことに違いないもの」

新凪は真人の子どもを身籠ったことを純粋に喜んでいた。


翌日の早朝。

キッチンで。

「新凪さん、朝食は私が作ります」

フライパンを取り上げられた。

「ソファで座って休んでてください」


ベランダで。

「新凪さん、洗濯物は私が干します」

洗濯カゴを取り上げられた。

「ソファで座って休んでてください」


リビングで。

「新凪さん、掃除機かけは私がします」

掃除機を取り上げられた。

「ソファで座って休んでてください」


新凪は結局、午前中、ソファの上で過ごした。

何もさせてもらえずに。


キッチンでは、真人が昼食を作っている。

「真人さん、お仕事はいいんですか?」

新凪が尋ねたが。

「仕事より新凪さんが大事です!」

真顔で言われた。

新凪は嬉しかったがちょっと心配。


「ただいまー!」

結子が玄関を勢いよく開けて飛び込んできた。

「おかえり」

新凪はソファの上から声をかけた。

「おかえり」

真人が嬉々として夕飯の下拵えをしながら返した。

でも、なんだか空気が変。

「どしたの?」

結子が尋ねた。

「真人さんが、何もさせてくれないの」

新凪はちょっと困った顔で言った。

「栄養バランスのいいものを食べてもらわないと」

真人が“新凪愛しいオーラ“を噴出している。

「パパ、過保護」

「ふんふん♪」

真人は鼻歌を鳴らしている。

(あーこれは言ってもダメなやつだ)

結子は呆れ顔だ。


1ヶ月後。

真人は相変わらず優しい。

相変わらず過保護だ。

でも。

最近、真人は甘える新凪と少し距離をとっていた。

その理由がわからず、新凪は寂しい思いをしていた。

(もしかして、子どもをあまり望んでいない?)

そんな不安が頭をよぎる。

(でも大事にされてる)

理由がわからなかった。


新凪がお風呂に入った時。

「パパ、ママのこと嫌いになったの?」

結子がこっそり尋ねても。

「ううん、大好きだよ」

と優しく答える。

その答えに嘘はないと結子も感じる。

「じゃあ、どうしてママを避けてるの?」

「それは……」

真人は少し赤くなって黙ってしまった。

だけど、険悪な空気は感じない。

「ちゃんと、ママと話して」

「パパ、普段はわかりやすいのに、時々何考えてるかわからなくなる時があるし」

「言ってくれないと分からないこともいっぱいあるんだからね」

「ママを泣かしたら許さないよ」

結子はそれだけ言って自分の部屋に戻って行った。

子どもらしくない気の回し方。

(そういう生活をしてきたんだよな)

真人は少し反省した。


新凪がお風呂から上がってきて。

「新凪、その……」

髪を拭いてる新凪に真人が話しかける。

「避けるような態度をとってごめん」

真人はしゅんとした様子で頭を下げた。

「理由を、教えていただけますか?」

新凪は、真人の声から理由はそれほど深刻ではないとなんとなくわかった気がした。

「新凪がかわいすぎるから…‥」

「へっ?」

その答えはちょっと予想外だった。

「新凪、妊娠してから、ますます綺麗で可愛くなって」

「甘えられると……」

ちょっと拗ねたような声。

「だけど、体大事にしないと」

新凪は真っ赤になって。

でも。

「……ふふ、そんなこと」

嬉しそうに笑う。

「そんなことじゃない」

真人がちょとムッとする。

「真人さん、我慢してくれてたんですね」

新凪は真人に身を寄せた。

「ごめんなさい、私、男の人のそういうのよくわからなくて」

新凪はようやく自分の態度が真人を煽っていたことを理解した。

そして。

甘い声で。

「あの……お手伝い、したらいいですか?」

新凪は恥ずかしそうに呟いた。

その破壊力は真人が壊れるのに十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る