第31話:『夜魔殺ぎ』

夜魔殺やまそぎ』

~盲目の少女と、子を喰らう祟り神~


第31話:『夜魔殺やまそぎ』


「……す、するな…じゃやまあをするなああああ!!!」


炎が晴れた先で、

泥の球体となった”山死女”が、咆哮した。


それはもはや人語の体を成していなかった。

数百、数千にも及ぶ子どもが同時に泣き叫び、呪詛を吐くような脳髄に直接刺し込むような不協和音であった。


「ユ……う、ウズ……ユズリハアアアア……」


泥の球体が周囲の神木を、石畳を破壊し、

手当たり次第に飲み込んでいく。


ギチギチと音を立てながら木がくねり、バリバリ、グチュグチュと硬いものが砕け、柔らかいものが混ざり合う、不快な音が神殿に響く。


「ユズリハははあああ」


ぶくぶくと膨れ上がったそれが、

人の形を取り繕う。

山の怪異は未練がましく、再び京香さんの姿を模倣しようとしていた。

だが、その造形はあまりに杜撰で、溶けた蝋人形のようにドロドロと崩れ落ちては再生を繰り返している。


「ゆううずり……りはあああああ!!!」


殺意を乗せた無数の荊が私たちを襲う。


「ったく、うるさいっつーの!!!」


京香さんが手を払い、次々にそれらを燃やしていく。

その動きは、今までとは比類のないほど洗練されていて、まるで火を纏った演舞を思わせた。


その間隙を縫って、”山死女”が雄叫びを上げ、泥土の津波を放つ。


「———あまい!!!」


拳に集約した“銀色”の光を、足元に迫る濁流に、思いっきり打ち込む!

衝撃波が泥を弾く!


すかさず、京香さんが駆ける。

その指先には太陽の光。


「これで最後!————“いつ”!!!!」


最大級の火の刻術が紡がれて、再び”山死女”が爆ぜる。



「ぎゃああああああああああああ」


触れるもの全てを光へと分解する、銀から生まれた紅蓮の劫火。


京香さんの触れ込み通り、“燚”は、あらゆる生命を死に導く最強の火に違いなかった。


またも炭化された肢体が、熱風に流されて散っていく。


しかし、


「……はぁはぁ……流石に二回連続は……きっついな」


消耗は明らか。

京香さんが焦りと共に悪態をつく。

泥の球体が再び蠢いた。


「……京香さん!”山死女”がまた!」


「わかってる!」


指で素早く印を切る。


「……篝火に立ち添ふ哀の煙こそ……」


詠唱と共に、神殿の空気が張り詰める。


「常夜に絶えぬ炎となりけれ————“燎火りょうか”————!!」


ドォン!と地面から三本の火柱が立ち上った。

それらは未だ滅びを受け入れずに足掻く、”山死女”の核を拘束するかのように縫い留め、動きを封じた。

やがて赤い火が、青い火へと姿を変え、封印が完了する。


「ギャ……ガガガガガ!!」


びちびちと、口惜しげに球体が歪む。


「これでしばらくは動けないでしょ」


京香さんが一息つく。

ちょうどそのとき、私たちを取り巻く異空間が揺らいだ。

さざ波が走るかのようにノイズが走り、それが消えるとともに聞き慣れた男性の声が聞こえた。


「———ユズリハくん!京香くん!」


「———おじさま!」


そこにいたのは、桑山のおじさまだった。


「せんせー、遅いじゃない」


「はぁはぁ……!間に合ったか!」


息を切らす桑山のおじさまの手には、禍々しい瘴気を放つ「布包み」が握られていた。

おじさまの手袋は焼け焦げ、素手からも煙が上がっているように見えた。

持っているだけで生命力を削られているかのようだ。


「———うっ!」


おじさまが呻き、「布包み」を落とした。

投げ出されたそれが地面に重く沈む。

漂う瘴気。

血の滲んだ布。

それが風ではだけ、中から現れたのは、鞘に収められた一振りの刀だった。


「ぎゃっ!??」


京香さんの術で封じされている”山死女”が戦慄する。


漆黒の柄。

触れる前から肌が粟立つほどの、冷気と悪意。


「———これは『夜魔殺やまそぎ』?」


……なんだか奥の院にあったものと……様子が違う……?


怖い。触れただけで死んでしまいそうなほどの怨念を感じる。


奥の院で見たときと明らかに違う。

途轍もない悍ましさ———底知れない闇を感じる。

まるで、巨大な質量の黒い穴が、絶望を搔き集めようとしているみたいだ。


「……何があったんですか?」


京香さんが目を背ける。

一方で桑山のおじさまは私の目を見て、言った。


「持てば分かる———そう言っていた……」


誰が、とは言わなかった。


だけど、刀から懐かしい“色”を感じて。

それが母の言葉であると、私は直感した。


だから。

私は迷うことなく、手を伸ばした。


そして———心臓が跳ねた。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ ああ あああ あ!!!!!


触れた瞬間、指先から心臓へ、氷の杭を打ち込まれたような衝撃が走った。


ドクン。

(痛い)

ドクン。

(憎い)

ドクン。

(返して。返して。私の赤ちゃんを返して!!)


「うっ……あ、あああああああ!!」


内臓を抜かれる激痛。

全身を焼き尽くすような喪失感。

そして、私の脳内に、膨大な映像が奔流となって流れ込んできた。


怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い————!

痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い————!


“山死女”に騙され、山へと連れ去られた子どもたちの、死への絶望。食われる激痛。


憎い。憎い。憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い————!

返せ。返せ。返せ。返せ返せ返せ返せ返せ返せ————!


我が子を奪われた親たちの、血を吐くような怨念。子の奪還への執念。


「あああああああ!!!」


私が私でなくなっていく。

数多の怨念が、苦しみが、怒りが、憎しみが、私の筋肉を、神経を、無理やり戦いのための道具へと書き換えていく。


子どもを返せ!!

それが叶わないのならば!!!その原因を滅せよ!!!!

この苦しみを何千倍にもして、味合わせてやる!!!!


復讐のため、自ら進んで「人柱」となることを選んだ、狂気的なまでの親たちの合意。

そしてその中心に母がいた。


暗闇の中に目と口が怨念で塗りつぶされた母の顔が浮かぶ。

その周囲にぬらりと一つ、そしてまたぬらりと一つ———子どもを奪われて狂い果てた親たちの死面デスマスクが浮かびあがって視界を埋め尽くしていった。


「ぐ……あ……っ!」


あまりの「重さ」に、膝が折れそうになる。


———見つけた。


———何をしている、殺せ!


———殺せ!殺せ!!殺せ!!!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ————!!!!!!


———そいつを殺せえええええええええええ!!!!!


これは武器じゃない。「地獄」が形を得たのだ。


この刀の重さは、この地に積もった「悲劇の質量」そのものなのだ。


人の身で抱えられるものじゃない。


「こんなの……重すぎる……おかあさん————」


お母さんの死面が醜く笑う。

刀身を覆っていた黒い怨念が、爆発的に膨れ上がった。

そして私の意識は闇に塗りつぶされた————。



第32話に続く。

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