第一章 ― 第四話 ― 四つの墓

その人物は背を向けていた。


麦色の髪が、広い肩へ乱雑に垂れている。


淡い麻のシャツ。


革のズボン。


胸元のベルトで固定された剣が、背中に吊られていた。


男は跪いていた。


リゼイの亡骸へ身を屈めながら。


その姿を見た瞬間、


フィンデは夢を見ているのだと思った。


顔立ちが、自分とよく似ていたからだ。


だが――肌が違う。


この世界には存在しない色。


褐色。


そこに紫の光が微かに混じっている。


まるで、


闇の中から生まれる夜明けのようだった。


フィンデは男へ駆け出した。


追い払うつもりだった。


だが。


男が静かに手を伸ばし、


死の瞬間に開いたままだったリゼイの瞳を閉じるのを見た。


フィンデの足が止まる。


男の数歩手前で立ち尽くした。


「……あんた、誰だ?」


男はゆっくり立ち上がった。


その瞳は深い。


彼はフィンデの肩へ手を置く。


温かい手だった。


優しく。


「辛かったな、少年……」


静かな声。


「大切な人たちのことは、本当に残念だ」


短い沈黙。


「よく生き残った」


彼はフィンデを見つめた。


「白の惑星の住人で、


ゴズールと遭遇して生き延びる者は多くない」


フィンデは首を振った。


「……何を言ってるのか分からない」


「今は分からなくていい」


男の声は穏やかだった。


「もう終わったことだ」


彼はフィンデの顔へ視線を向ける。


「その傷を見せてみろ」


男は鞄を開き、


小さな金属製の容器を取り出した。


緑色の薬草のようなペーストへ指を浸し、


フィンデの傷へ丁寧に塗っていく。


鋭い痛みが走り、


フィンデは思わず身体を震わせた。


だがその直後。


不思議なほど穏やかな感覚が広がる。


冷たく。


奇妙で。


「……何なんだ、それ」


フィンデが尋ねた。


「どこかに生えてる植物だ」


男は苦笑する。


「植物学は苦手なんだ。


でも、効き目はある」


男は振り返り、


壊れた玄関へ向かって歩き出した。


その時になって初めて、


フィンデは“家”を見た。


壊れた机。


砕けた家具。


壁一面の血。


母。


弟。


妹。


愛だったもの全てが、


今は沈黙へ変わっていた。


フィンデは気を失いそうになり、


外へ飛び出した。


熱い風が頬を撫でる。


鉄と灰の臭いを運びながら。


父の亡骸は庭にあった。


井戸へ背を預けるように崩れ落ちている。


フィンデはその前へ膝から崩れ落ちた。


父を抱き締める。


「ごめん……父さん……」


震える声。


「頼まれたこと……


ちゃんと出来なかった……」


涙が静かに零れ落ちる。


音もなく。


その時。


遠くから声が聞こえた。


悲鳴。


すすり泣き。


フィンデはメリディア通りへ駆け出した。


グリーンタウンは壊滅していた。


炎。


瓦礫。


死体。


そこには、


ゴズールの亡骸まで転がっている。


フィンデは立ち止まった。


――誰が、こいつらを殺した?


彼は再び家へ戻る。


父の道具小屋を開けた。


シャベルを掴む。


そして近くにある、


枝を垂らした大きな木の下へ向かった。


掘り始める。


一つ目の穴。


そして、二つ目。


空が橙と桃色へ染まる頃には、


四つ目の墓穴が完成していた。


手は傷だらけ。


息は浅い。


顔の傷が脈打つように痛む。


フィンデは家族の亡骸を白い布で包んだ。


四つの白い影が、


静かにポーチへ並ぶ。


彼は一人ずつ抱え上げ、


木の下へ運んでいった。


父を墓穴へ降ろした瞬間。


再び涙が零れた。


静かに。


地面を撫でる木の枝のように。


フィンデは膝から崩れ落ちる。


心の中には、


ただ虚無だけが残っていた。


その時。


肩へ手が置かれる。


フィンデは勢いよく振り返った。


あの男が立っている。


「手伝わせてくれ」


フィンデは小さく頷いた。


男はヌエルとミキーの亡骸を抱き上げ、


静かに墓へ納める。


次に、


リゼイを抱き上げた。


フィンデは何も言わず、その姿を見つめていた。


やがて男は、


黙ったまま土をかけ始める。


最後の土が置かれた時、


彼は手を止めた。


煙草へ火をつける。


四つの墓を見つめたまま。


「……どうして助けてくれたんだ?」


フィンデが尋ねた。


男は静かに煙を吐く。


「俺の時は――」


低い声。


「同じことが出来なかった」


ゆっくり息を吸う。


「だから今でも、


毎晩それに苦しめられている」


二人は四つの墓の前に立ち尽くしていた。


空はゆっくり闇へ沈み、


死者たちの魂だけが、


静かに遠くへ離れていった。

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