第7話 託された刃


 夜桜黒羽が頭を下げた後、総裁自ら、未確認洞窟攻略作戦が宣言された。

 オスカーが話を引き継ぎ、作戦をその場でまとめ上げていく。


 「それでは作戦を説明する。まず各戦闘小隊の配置だ。第一戦闘小隊〈アゲート〉は、総裁と連携して市内全域の即応待機に入れ。知性型が存在すると推定する以上、ハンブルゲン全体で何が起きてもおかしくはない」


 「拝命しました!」


 生真面目そうな第一戦闘小隊の隊長が、即座に敬礼で答える。


 「第二戦闘小隊〈ベリル〉は、警備班と連携し、残る北、南、東の避難路および郊外側出口の確保に当たれ。避難中にマモノが出れば、その時点で避難路は逃げ道ではなく袋小路になる。各出口を押さえ、内部確認を迅速に終わらせろ」


 「了解」


 無精ひげが目立つ第二戦闘小隊の隊長が、緩い敬礼で答えた。


 「そして、未確認洞窟への突入、調査、可能であれば知性型の討伐を行うのは、第三戦闘小隊〈シリトン〉だ」


 その瞬間、会議室がざわついた。


 無理もない。

 〈シリトン〉はオスカー肝いりとはいえ、少数運用の試験小隊である。

 その中には、魔術師ですらない速水海都も編成に組み込まれている。

 正面火力という一点で見れば、この支部の戦闘小隊の中でも決して高いとは言えない。


 その不安のさざ波を、オスカーは片手で制した。


 「本来なら、この種の突入と討伐には第四戦闘小隊〈ダイヤモンド〉を投入するのが適任だ。だが、同小隊は現在国外派遣中で、この地にはいない」


 オスカーの声に、余計な感情はなかった。


 「第一、第二はハンブルゲンを守るために動かす必要がある。市内を守るには人数がいる。出口を押さえるにも人数がいる。〈シリトン〉では、その代替はできない」


 そう。

 ハンブルゲンという街は広い。

 地下街、中央駅、四方へ伸びる商業や工業、そして住宅区。

 それらを守るには、人数の多い小隊が対応するしかない。

 三人編成の〈シリトン〉では、物理的に手が足りない。


 「だが、手が空いているから〈シリトン〉を突入させるわけではない。この編成には根拠がある」


 オスカーは、そこで初めて〈シリトン〉の三人へ視線を向けた。


 「まず、速水海都は非術者ながら中型個体の撃破経験がある。次に、〈シリトン〉は少数編成であり、狭所での機動に向いている。ステラは近接制圧、クオンは支援と防御、海都は唯逸ゆいいつによる近接突破。閉所での役割分担は明確だ」


 会議室のざわめきが、少しずつ小さくなる。


 「そしてもう一つ。〈シリトン〉は特殊な編成だ。知性型ともなれば、戦術的、戦略的な概念を戦いに持ち込んでくる。だが、これまでの行動から見て、相手が最も警戒しているのは術者の火力と術式運用だ」


 オスカーの視線が、海都へ向く。


 「そこに、非術者の剣士というイレギュラーを放り込む。しかも、通常の魔術理論だけでは測れない刀を持っている。 相手が想定していない要素を、こちらから差し込む」


 短い沈黙が落ちた。


 「よって、第三戦闘小隊〈シリトン〉を未確認洞窟へ投入する。これは消去法ではない。 現時点で取り得る、最も勝率の高い手だ」


 「……第三戦闘小隊〈シリトン〉、任務、拝命しました」


 クオンが敬礼をもって答える、その表情は硬く覚悟に満ちていた。

 その敬礼に頷きをもって答えたオスカーが宣言する。


 「作戦名は〈アリアドネ〉」


 その名を聞いた数人が、わずかに表情を変えた。

 迷宮へ入り、怪物を討ち、糸をたどって帰還する。

 古い神話に由来するその名は、今回の作戦を端的に示していた。

 オスカーは、ちらりと夜桜黒羽に視線を向けた。

 その視線に夜桜は肯定の頷きを返す。


 「作戦開始時刻は明日、〇六〇〇マルロクマルマル。 それまでに各小隊、各班は装備更新、補給、配置確認を完了させろ。 第三戦闘小隊〈シリトン〉はこの後、装備兵站課へ移動。突入用装備の再調整を行え。 以上だ、各員、準備に移れ」


 オスカーの言葉で場が一斉に動き出す。

 嵐のように職員が出ていった後の会議室、今回の作戦で最も重要なポジションを任せることになった〈シリトン〉の面々と、夜桜黒羽だけが残されていた。



 「少し、話をしましょう」


 動き出そうとした〈シリトン〉を制したのは夜桜だった。

 静かな動作で近寄ってきた夜桜は立ち上がろうとしていた三人を椅子に座るように促し、本人も近くへ座りなおした。

 その所作に威圧感はない。

 だが、不思議と逆らう気にはならなかった。


 「これから話すことは、正式な作戦説明ではありません。けれど、あなたたちが洞窟へ入る前に、知っておくべきことです」


 夜桜はそう前置きをし、三人を順に見た。


 ステラはいつもの軽さを消し、クオンは背筋を伸ばしている。

 海都だけは、膝の上で拳を握っていた。


 「知性型のマモノは、ただ、強力な個体というわけではありません」


 静かな声だった。


 「こちらを強く観察してきます、役割を見て、そして、何を守ろうとしているのかを確かめてきます。そのうえで、一番嫌な場所を的確に突いてきます」


 海都の脳裏に避難路での戦闘が蘇る。

 最初に狙われたのはクオンだった。

 そのあとも退路を塞ぐような攻撃があった。

 的確にこちらの嫌なことをする動き。

 あれは、ただの獣の動きではなかった。

 中型のマモノですらそうなのだ、知性型ともなればさらに凶悪な手を打ってくることの想像はたやすかった。


 「十年前の神代市も、最初は小さな異常から始まりました」


 その地名が出た瞬間、海都の拳を握る力が強くなる。


 「小型のマモノの発生件数が増える。観測値に異常が頻発する、安全のための術式設備に不具合が見つかる。一つ一つは対処できる範囲の異常でした。けれど、それらは後から見れば、すべて一つの目標へ向けた布石だった」


 夜桜は目を伏せ、そして開いた。

 何かを思い出すようなそんな動作。

 そしてその動作には後悔がにじんでいた。


 「対処の手を分け、守るべき場所を増やす。情報を飽和させて、こちらの対処能力が薄く、広くなった瞬間に中心を穿つ。十年前、神代市で起きたことは、そういう災害でした」


 会議室に残された空調の音が、妙に遠くに聞こえた。


 「私は、あの日……神代市にいました」


 思わぬ独白に、海都の心臓が跳ねる。


 「私は、街を守ろうとしました。できる限りの人を逃がし、発生したマモノを押し返し、都市そのものが失われることだけは防ぎました」


 再び夜桜は僅かに目を伏せる。


 「けれど、すべては守れなかった。最強の魔法使いなどと呼ばれていても、守れなかったのです」


 それは謝罪でもないし、言い訳でもない。

 ただ、後悔している事実のみがある声だった。


 「神代市における大規模氾濫の中心にいた個体は、私との直接戦闘は徹底的に避けてきました。勝てない、とわかっていたのでしょうね。その代わり、膨大な数のマモノを発生させ、私たちに住民保護を優先せざるを得ない状況を作った。そして、私たちはその個体を討ち取ることができなかった」


 そして海都が顔を上げた。


 「それが……俺の故郷を……家族を殺したやつですか?」


 ステラが息をのむ、クオンも何もできなかった。

 夜桜は、逃げずに真っすぐに海都の視線を受け止める。


 「断定はできません、一度生まれたマモノが長期間生存するかどうかは今も分かっていません。ただ、今ハンブルゲンで起きていることは十年前とよく似ています。制御プレートへの介入、小規模発生の増加、退路を潰す動き、こちらが後手に回るように仕組む知性……」


 夜桜の声が少しだけ低くなる。


 「同一個体である可能性はあります。そうでなかったとしても、同じ性質を持つ知性型である可能性は高いです」

 「……なら」


 海都の声は低かった。


 「逃がすわけにはいかない」

 「はい」


 夜桜も海都から視線を外さずに頷いた。


 「逃がしてはいけません」


 その断言に、ステラとクオンの表情も変わる。

 これは、ただの任務ではない。

 これは、十年前に取り逃された厄災の影を、ここで断つための作戦なのだ。


 「ですが……」


 しかし夜桜は改めて海都へと言葉を投げかける。


 「海都さん。 これは復讐を許可するための作戦ではありません」


 海都の目がわずかに鋭くなる。

 それでも夜桜は怯む様子はない。


 「怒りを捨てろ、憎むななどというつもりはありません。その気持ちは当然のものですし、私も同じ立場ならそうでしょう」


 柔らかい声だった。


 「けれど、その気持ちで刀を振れば、知性型はそれを利用してきます。あなたが一人で前へ出れば、ステラさんも、クオンさんも置いていくでしょう。あなたが復讐だけ見れば、守るべきものを見落とします」


 海都は何も言い返せなかった。


 「あなたは、復讐を望む前に、誰かを守るために、自分と同じ目にあわせないために唯逸ゆいいつを振るうことができています。それは最初の列車での出来事で見せてもらいました」


 その言葉に、海都の中で燃え滾る復讐心の前に一枚の透明な壁ができたような気がした。

 そう、この復讐に燃える炎は本物だ。だが同時に、同じ目に合わせたくない、そのために体を張って守ることもいとわない自分がいる。

 復讐の炎は、確かに胸の中にある。

 だが、その炎だけで刀を振れば、きっと何かを見落とす。

 自分が守ろうとしたものまで、置き去りにしてしまう。

 そんな気がした。


 海都はぐっと飲み込む。

 言葉も、復讐の炎が発する熱も。


 「やってみせます」


 その覚悟の言葉に夜桜は頷いた。


 「もし、迷うことがあれば、仲間の声を聞いてください、自分が何を守るためにそこに立っているかを思い出してください」


 夜桜は、海都の膝の上で固く握られていた拳へ視線を落とした。


 「少しだけ、失礼します」


 そう断ってから、そっとその手に触れる。

 暖かで柔らかな、優しい手が海都の拳から無理な力をほどいていく。

 ステラがそこで少しだけ口元を緩めた。


 「つまり、海都がバカやろうとしたら殴ってでも止めろってことですね」

 「はい、そうですね」


 ほほ笑みながら夜桜が即答した。


 「了解でっす」

 「おい」

 「大事な命令だからね、クオンも手伝ってよ」

 「えぇ。必要と判断した場合は私も遠慮しません」


 三人のやり取りでわずかに空気が緩む。

 張り詰めすぎた糸を、少し緩めるような瞬間。

 夜桜はその様子に微笑みを残したまま三人を見た。


 「あなたたちは、良い小隊です」


 手に取っていた海都の手を放し、夜桜は姿勢を正す。


 「だからこそ、お願いします。誰か一人の決着にしないように。三人で入り、三人で帰ってきてください」


 その言葉にクオンが、先ほどオスカーからの命令を受けた時とは違う、自信をたたえた敬礼を返す。


 「第三戦闘小隊〈シリトン〉、全員生還を前提にこの任務、必ず達成してみせます」

 「よろしい」


 夜桜は頷き、そして最後に海都へ視線を向けた。


 「あなたの持つ刀は……あなたを魔術師にするものではない」


 夜桜の視線が自然と唯逸ゆいいつへとむけられる。

 その目は、何かを懐かしむような、愛しい者を思い出すかのような慈愛に満ちたものになる。


 「託された力を、あなたの力に変える刀です。その刀を打った刀匠の願いはただ一つ。この世界からマモノによって涙を流す人がいなくなること」


 海都は無意識に腰の唯逸ゆいいつへ手を添えた。


 「そのためには、ステラさんとクオンさんの力を、あなたの戦いの中に組み込む必要があります」


 夜桜は立ち上がった。

 先ほどまであった優しさを残したまま総裁としてのカリスマが戻っていた。


 「そのための準備を、これから行います。まずは装備兵站課で追加装備を受け取ってください。その後、訓練所へ集合です」


 夜桜の指示を受け、〈シリトン〉は装備兵站課でいくつかの追加装備を受け取って訓練所へとやってきた。

 そこには夜桜が先に待っており追加で受け取った装備の確認を行う。

 クオンが先ほど受け取ったケースを開き、各々に渡していく。


 「まずは防御装備ですね、海都さんには防護術式の腕章、予備もありますのでポーチにも入れておいてください。私とステラには……制式ローブですね」

 「これ重たいからなぁ……」

 「前回その分厚さで助かってるんですから文句は言えないと思うけど。あと武器類に関しては海都さんには打鉄……?鉄の棒ですね」


 次から次へと渡される装備をそれぞれ専用のポーチなりに収めていく。

 治療キットや身体活性剤、緊急アンプルなどといった医療装備も追加で支給されている。


「ってか、海都の打鉄ってなに?鉄の棒?」


 準備運動をするステラは、海都が手に取った鉄の棒を見ながら疑問を口にした。

 ちょうど鉛筆ほどの長さの鉄の塊。

 ただし、片方が鋭くとがっており、突き刺さるようになっている。


 「ん……あぁ、棒手裏剣だな」

 「手裏剣?これがぁ?」


 ステラの頭の中にある手裏剣とはイメージが違うのだろう。

 海都は説明するより実践として、訓練所においてあるダミー人形に向かって投擲する。

 放たれた打鉄は軽快な音と共にダミー人形のちょうど眉間にあたる部分に突き刺さった。


 「うわっ痛そう」

 「海都さんは刀以外の距離では特に攻撃手段がなかったので、用意されたものですね。とはいえ、こうも簡単に使われると驚きますが」


 興味深そうに突き刺さった打鉄を見るクオン。


 「うちの道場、剣とか刃が付く武器は何でも覚えさせられたからな。コツは手首のスナップと回転数」

 「コツはどうでもいいですが……、とりあえず刺さった相手の魔力の流れを阻害する術式が刻まれています。小型相手なら行動を止められる可能性が高いですし、中型相手でも一瞬の隙を作ることはできると思います」

 「何にもないよりはましだな」


 そう言いながら、海都は残りの打鉄を手早く連続で投げてすべてダミー人形に命中させていった。


 「では、装備の受領は以上です。お待たせしました、総裁」


 装備の受領や、打鉄の投擲を横から眺めていた夜桜は、満足そうに頷いた。


 「十分ですね。海都さん、打鉄は実戦でも使えるでしょう」

 「投げるだけなら問題ありません」

 「それで構いません。打鉄は、相手を倒すためではなく、流れを崩すための武器です。刺さった部位の魔力の流れを乱し、一瞬でも動きを鈍らせる。その一瞬があればあなたには十分でしょう」


 夜桜はそこで、海都の腰にある唯逸ゆいいつへ視線を向けた。


 「これで、間合いの外へ干渉する手段はできました。ですが、それだけでは足りません」


 ステラとクオンの表情が、自然と引き締まる。


 「知性型は、あなたたちが得意な形で戦わせてはくれません。だからこそ、唯逸の本来の力を使います」


 夜桜の手元に、紫の鈍光が集まった。

 次の瞬間、そこには深い闇で出来たような大鎌が握られていた。


 「海都さんには釈迦に説法ですが、武器は、形が変われば戦い方も変わります。刀には刀の間合いがあり、槍には槍の間合いがある。盾を持てば、受け方が変わる。長物を持てば、立つ位置が変わる」


 夜桜は大鎌を軽く回す。

 優美な動きだった。

 だが、刃が通った軌跡だけが、空間を冷たく裂いたように見えた。


 「唯逸の真価は、付与――エンチャントにあります。火元素や水元素といった元素付与により、武器形態そのものを変える。状況に応じて武器を変え、どの局面でも力を発揮する。それが唯逸です」


 夜桜は大鎌をぴたりと構え、海都を見た。


 「ただし、形が変われば当然、扱いも変わります。重心、間合い、刃筋、踏み込み。すべてが変わる。だからこそ、この刀は長い間、真価を発揮できませんでした」


 海都は、言葉の意味をすぐに理解した。

 一つの刀しか扱えない者では届かない。

 だが、故郷の道場であらゆる刀剣類を叩き込まれた自分なら。

 海都は唯逸ゆいいつに手をかけた。


 「……やってみます」

 「ええ」


 夜桜は静かに頷いた。


 「まずは、ステラさん。唯逸へ火元素を付与してください」

 「はいっ!」


 海都のすぐ横へ移動したステラは手をかざし、自分の魔力と火元素を唯逸へと流し込む。

 とたん、唯逸は海都の手の中で、炎を纏う両刃のロングソードへと姿を変えた。


 「……重心も変わるのか」


 先ほどまでの刀とは違う。

 長さが伸びた分、重心は明確に遠くなっている。

 だが、その変化は扱いづらさではなく、より遠い間合いへ重い一撃を届かせるためのものだった。

 夜桜が目で、一撃を入れてこいと示す。

 海都は促されるまま、刀の時とは違う体さばきで踏み込み、上から下へ、全身を使った一撃を夜桜へ叩き込んだ。

 ロングソード特有の重さと遠心力を乗せた斬撃が、夜桜の構える大鎌とかち合う。

 元素同士が弾けるような閃光が飛び散り、海都は姿勢を正して距離を取り直した。


 「どうですか?」

 「……逸品ですね」


 ロングソードを握った経験は、道場での稽古以来ほとんどない。

 だが、練習用で振っていたものと比べるのも失礼なほど、この形態の唯逸ゆいいつはロングソードとして求められる機能をすべて備えていると確信できた。


 「では続いて、クオンさん。水元素を付与してください」

 「はい」


 炎が消え、クオンによって水元素と彼女の魔力が付与される。

 再び形態が変化した。

 左腕には氷で出来た盾が、装着されているかのように座標を固定する。

 右手の剣は、取り回しのよい小ぶりな片手剣へと姿を変えていた。

 だが、この形態での本命は盾の方だと、海都はすぐに得心した。


 「使い方は大体わかるようですね。では、こちらから打ち込みます」


 夜桜が一瞬で間合いを詰め、大鎌を振り下ろす。

 海都は左腕の盾でそれを受け流した。

 刀身よりも余裕のある面で受け、力を横へ逃がす。

 そのまま体重を乗せ、盾で夜桜の体勢を押し崩しにかかった。

 夜桜の軸が、わずかに揺れる。

 だが、それだけだった。

 まるで空中に浮いているかのように、押し出しは滑らかにいなされる。

 海都は間髪入れず、右手の片手剣で追撃を入れた。

 しかし、それも大鎌の柄で受け止められる。


 「大丈夫なようですね」

 「こちらの手が全部止められたのですが?」

 「年の功としておいてください」


 間合いを戻した夜桜の手から、大鎌が消える。

 打ち合いは、そこで終わりということらしい。


 「このように、元素を付与することで唯逸ゆいいつは姿を変えます。明日の作戦開始までに、間合いの把握、付与のタイミング、切り替え時の隙を詰めておいた方がよいでしょう。ただし、疲労を残さないようにしてください」


 夜桜の言葉を受け、三人はそれから数時間、訓練所で動きを確認した。

 ステラの火元素による〈炎相えんそう〉。

 クオンの水元素による〈氷相ひょうそう〉。

 打鉄による牽制。

 そして、付与の切り替えに生まれるわずかな隙。

一つ一つを確かめるたびに、海都は嫌でも思い知らされた。

 唯逸ゆいいつは、ただ強い刀ではない。

 自分一人で扱い切れる武器でもない。

 誰かの力が添えられることで、ようやく武器として完成する。


 「海都、明日は後先考えずとっさに一人で突っ込まないこと」


 訓練を終えた頃、ステラがグローブを外しながら言った。


 「分かってる」

 「信用はしてるけど、前科があるからね」

 「前科はないだろ」

 「列車と避難路」

 「……二件か」

 「自覚があるだけましですね」


 クオンが淡々と続けた。


 「明日は私の指示を優先してください。知性型がいるなら、こちらの感情や癖も利用してくるはずです」

 「了解した」


 海都は短く答えた。

 それ以上の言葉は出なかった。

 夜桜は三人を静かに見守り、最後に告げた。


 「今日はここまでです。休める時に休んでください。明日は、長い一日になります」


 そして翌朝。

 〇六〇〇マルロクマルマル

 ハンブルゲン西避難路、未確認洞窟入口。


 そこには、昨日までの会議室や訓練所とはまるで違う空気があった。

 第一戦闘小隊〈アゲート〉は市内即応待機。

 第二戦闘小隊〈ベリル〉は各避難路と郊外出口の確保。

 警備班は封鎖線を維持し、医療班は後送用の簡易治療区画を展開している。

 設備課と観測課は、洞窟入口周辺に観測機材と封鎖術式を並べていた。

 その中心に、第三戦闘小隊〈シリトン〉の三人が立っていた。

 ステラは制式ローブを着て、専用グローブを締め直す。

 クオンは修理に出していた、三分割式の長杖型術式槍を連結し、穂先の術式成型を確認する。

 海都は腰の唯逸ゆいいつと、ポーチに収めた打鉄の位置を確かめた。


 「第三戦闘小隊〈シリトン〉、準備完了です」


 クオンが報告する。

 オスカーは端末に表示された各班の配置を確認し、短く頷いた。


 「よし。作戦〈アリアドネ〉を開始する」


 その言葉に合わせるように、設備課の職員が封鎖用の術式を一部解除した。

避難路の崩落箇所に設けられていた仮設隔壁が、低い駆動音を立てて開いていく。

 その向こうに、洞窟があった。

 照明も、舗装も、誘導線もない。

 ただ、削り残された岩肌と、奥へ続く黒い空間だけが口を開けている。

 冷たい空気が流れてきた。

 海都の肌が、わずかに粟立つ。


 「……嫌な感じ」


 ステラが小さく呟いた。


 「魔力濃度、入口付近は許容範囲内。ただし、奥は安定していません」


 クオンの端末が、低く警告音を鳴らした。

 数値が一瞬だけ跳ね上がり、すぐに元へ戻る。


 「今のは?」


 海都が問う。

 クオンは画面を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。


 「分かりません。反応が一瞬で消えました」


 その場にいた誰もが、洞窟の奥を見た。

 ただ、闇だけがある。

 しかし、海都には、その奥で何かがこちらを見ているような気がした。


 「行きましょう、前衛はステラ、私が後方警戒をします、海都は状況で動いてください」


 クオンの声で、三人は動き出した。

 三人は、互いの距離を確認しながら、未確認洞窟の中へ足を踏み入れる。

 第三戦闘小隊〈シリトン〉は、ハンブルゲンの地下に眠る闇の中へと進んでいった。

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