📚カクヨム文芸部【省略法】を勉強しよう。

押羽たまこ

第1章、44話「4Cの覚悟〈3〉」より抜粋。

【ちょこっと前解説】

『サクラ・イン・アナザーワールド』の第一章のクライマックスシーンです。


主人公〈サクラ〉は謎の研究施設から脱走し、相棒(ツトム)とともに謎の地下水路から脱出をはかろうとしますが、4Cフォーシーという研究施設で働く青年(敵)に追い詰められ対峙するなかで「俺は味方だ」と彼に告白され、心がゆらぐシーンです。


ふたりの間には、名づけ得ない〈想い〉があり、お互いに惹かれあっているにもかかわらず、敵同士という状況の中でストレートに感情をあらわせない…その一瞬の情景に【省略法】が見られました。



※※※※※※※※〔 第一章、44話『4Cの覚悟〈3〉』 〕※※※※※※※※


「い、いまなんて…? サクラを逃がすっていったッ!?」

 思わず口をひらいたのは、ずっとかたわらで、ふたりの様子を見守っていたツトムだった。


「そうだ。俺は、そのためにここへ来た。ま、ここに至るまでにはいろいろあったが…」

 4Cフォーシーはここで、情けなさそうに目をしばたき、

「でも、まぁ…とにかく『終わりよければすべてよし』だ。俺ができることはすべてやった。逃走するためのボートもある」


(中略)


「ほんとだ、サクラ、ボートがあるよッ! バスターズの軍用ボートだッ!」

 興奮して報告するツトムへ、サクラは叫ぶ。


「ツトム、それはわなよッ! 信じちゃダメッ!」

「だ、だけど…」

「私は、ぜったい信じない…」

 サクラは、けして警戒心をゆるめようとはしなかった。サクラの心の奥にわだかまる憎しみの感情は、そう簡単に消えはしない。


〈怒り〉〈憎しみ〉〈疑惑〉――それらの黒い感情は、ボートがあるという現実をつきつけられても、なお、サクラの中で渦巻き〈混乱〉というかたちで居すわり続けた。



          ***



 そう――サクラは、混乱していた。


「サクラ、たのむ。もう時間がないんだ」

 4Cは、降参のポーズのまま、懇願するようにサクラをみつめる。


「本当は、すべて説明してやりたいが、きっと、もうすぐ俺の相棒がここを見つけてやって来る。それまでに、きみたちは離れていてくれないと…」


(中略)


「ほんとうなの…? ほんとうに、私のために…」

 眉根をよせ、ふるえる声で、サクラは4Cに問いかける。

 4Cは、まっすぐサクラを見つめ、言葉のかわりにゆっくりと目を閉じてうなずいた。


「で、でも…どうして…?」

 サクラの中に、ふと、わきあがる疑問。


「どうして、ここまでして私を助けるの?」

「それは、きみと約束したからだ」

 4Cは、あいかわらず、目の奥に強い〈意志〉を宿したまま、そういった。


「約束しただろ? 困ったときは、必ず俺がたすけに行くって。どんなときも、きみの味方だって」

「………」

 サクラの脳裏に、4Cの言葉がよみがえる。


『 とにかく、困ったときは、必ず俺がたすけにいくから… 』

『 メイドちゃん…忘れないで。俺は、このさき、どんなことがあっても、きみの味方だ。それだけは覚えといて… 』


「俺は、その約束を守りたいだけだ」

「………」

 それから4Cは、ゆっくりとサクラの方へ歩みをすすめる。


「だ、だめ、来ないで…!」

 反射的に否定するサクラだったが、その声は弱々しく、地下水路の壁に吸い込まれてゆき…一歩、また一歩と4Cが近づくたびに、サクラの鼓動が早まっていった。


 〈トモヒロ〉にそっくりな、弾むような足取りで近づくごとに、サクラの中の怒りや憎しみは影をひそめ、心の底にひそんでいた甘やかな感情がわきあがる。


 ついに、サクラが突きつけている銃口が、4Cの胸元にれた。


「……!」


 そのまま手をのばせば触れられるほどの距離に、4Cの精悍な顔があった。


 ‘トクトク’と、サクラの心臓が鼓動する。


「銃を、おろすよ…」


 4Cは、サクラにしか聞こえないほどの小さな声でささやき、ゆっくりと手をさしのべる。その手が、銃と、そして銃を握るサクラの手をそっと包み込み、そのままゆっくりとおろしてゆく。


 そのぬくもりは、独房のまえで柵をつかむサクラの手を、上からやさしく包んでくれた…そのときと同じあたたかさだった。

 4Cの体温は、サクラをいつくしむ心そのもののように、サクラの心にしみてゆく。


「ごめんな。こんな方法しか思いつかなくて…」


 そのとき――4Cの目から、ひとすじの涙がほほをつたって落ちてゆくのを、サクラは驚きとともに見つめた。


(4C…)


 ふいに、目の奥が熱くなる。

 涙とともに、あふれだす思い。

 自分は、こんなにも4Cを〈愛して〉いたのかと――そのときサクラは、はじめて気づいたのだ。


 思えば、23ゲートで出会った瞬間から、サクラは4Cを〈特別〉に思い、慕い、彼の存在に救われてきた。

 この研究施設が、どんなに殺伐とした場所で、叫びだしそうになるほど恐怖に満ちた場所でも、自分は笑っていた。それは、なにがあっても4Cが見守ってくれていると思えたからだ。


 4Cに裏切られたと思ったときも――悲しみ、憎しみ、怒り…それらの〈負〉の感情が、自分の中でことさら大きく膨れ上がったのは、それだけ彼を想う気持ちが深かったせいだと、サクラはやっと自覚し、4Cの存在の大きさを思い知るのだった。


(そうだったんだ…)


(私は…ずっと4Cを…)


 その涙は、とどまることを知らず、あふれつづける。

 あとからあとからあふれて止まらず、それは嗚咽へと変わってゆく。


「サクラ…」

 4Cは、サクラを見つめた。


「俺は――モニター室で、23ゲートにあらわれたきみを見たときから、なにがあってもきみを守ると心に誓った。その理由を話しても、きっときみは信じないし、それは、どうでもいい。ただ、俺は…」


(4C…)


 サクラも、4Cを見つめた。


「俺は、ずっときみを…」


 サクラの心臓が‘ トクン… ’と波打つ。


 その瞬間、時がとまった。


 その言葉の先にあるものを、サクラは待つ。


 だが――


「 4Cィーー…! 」


 とつぜん――螺旋階段の下から男の叫ぶ声が聞こえ、その瞬間…ふたりの間で止まっていた時間ときは、容赦なく断ち切られ、現実へと引きもどされる。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【ちょこっと後解説】

「俺は、ずっときみを…」これが省略法を用いたセリフになります。

いやー、今回はないんじゃないかと思いましたが、ありました。^-^

あんがい、知らず知らず使っているものですね…。






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