第27話
水谷さんの震えは、隣に座っていてもわかるほど続いていた。
肩が細かく揺れ、指先はまだ強張っている。
呼吸も浅い。
怖かったのだろう。
当然だ。
私は言葉を選びながら、ただ隣で静かに座っていた。
無理に話させるのは違う。
けれど、放っておくこともできなかった。
風が吹き抜けたとき、視線の端に違和感が入った。
……ズボンの布が、不自然にずれている。
触れられた痕跡だと、すぐにわかった。
布のわずかな歪み。
押しつけられたような跡。
彼女がどれだけ耐えていたのか、その形が物語っていた。
胸の奥に、静かで深い怒りが広がった。
熱いのに、冷たい。
自分でも驚くほど強い感情だった。
けれど、それを表に出すわけにはいかない。
今、彼女が必要としているのは、怒りではなく安心だ。
私は小さく息を吸い、声の調子を整えた。
「……もし、少し動けそうでしたらですが。
お手洗いが、あちらにあります。
多目的トイレなので、広くて使いやすいと思います」
水谷さんは驚いたように顔を上げた。
けれど、すぐに視線を落とし、小さく頷いた。
「……はい」
その声はかすれていたが、意思は感じられた。
私は立ち上がり、少し前を歩く。
振り返ると、水谷さんもゆっくりと立ち上がっていた。
足元がまだ不安定で、歩くたびに少し揺れる。
手を差し伸べるべきか迷った。
けれど、触れることはしなかった。
今は、彼女が自分の足で歩けるようにすることのほうが大事だと思った。
多目的トイレの前まで来ると、私はドアの前で立ち止まった。
「……ここです。
中には入りませんので、外でお待ちしています」
水谷さんは小さく頷き、ドアに手をかけた。
その指先がまだ震えているのが見えた。
ドアが閉まる音がして、私は静かに息を吐いた。
胸の奥に残る怒りは、まだ消えていなかった。
けれど、それ以上に、
彼女が少しでも落ち着けるように、ただ待つことしかできなかった。
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