第27話 久しぶりのバディカ村
馬を走らせること一週間。
辿り着いたのはバディカ村だ。
活気のある村とはとても言えない。だが、村民が村民らしく、慎やかに生活している。特に村の近くに入った瞬間から漂う香ばしい匂いにヨダレが垂れそうになっていた。
村の中心の噴水が目立つ広場では、ワーフウルフを丸々一体解体していた。
村人たちが、毛皮を剥ぎ、肉を解体し、骨を取り出す。肉は隣の焚き火で焼いている。
「ゆ、勇者さま!」「本当だ、勇者さまたま!」「村長を、村長を呼んでこい!」「どうしよう。ワーフウルフの肉ぜんぶ譲った方がいいのかな」「いやいや、勇者さまにとってワーフウルフなんて我々のスライムみたいなもんだろ」
柚を見つけた村人たちは、お祭り騒ぎであった。ワイワイガヤガヤ慌てている。
隣にいる柚は困ったように笑っていた。
「てんやわんやだね。寄らない方が良かったかな?」
目的地へ経由するにはちょうどいい場所だった。バディカ村へ寄れば野宿も避けれるし。と思っていたが、ここまでの騒ぎになるのなら、スルーしてしまえば良かったかなと。
考えが足らなかった。反省だ。
「いいよ、慣れてるから。それにずっと野宿はあの子たちが辛いだろうし、さ」
ちらりと後ろに目をやった。
魔族の子たちにも休息が必要だ。ここからさらに三日ほど馬車を走らせなければならない。
しかも、ここからは村すら存在しないような秘境となる。あるのは木々のみ。そしてそこそこに強い魔獣がいるくらい。もっともその魔獣たちも柚たちが殲滅したのでいないのかもしれないが。
柚は村民へ向けてひらひらと手を振る。
その様はまるで凱旋。柚の人気具合を目の前で思い知ることになる。
とんでもないくらい人気者だ。
流石は勇者である。
「はあはあはあはあ……勇者様……? 本当に勇者ではありませんか!」
遠くから走ってくる女性の影。
息を切らしてやってきたのはバディカ村の村長であった。
名前は覚えていないが、顔は覚えている。
私たちの前にやってくると、膝に手を当て、肩を上下にして息をする。
「突然どうされましたか? なにか危険が差し迫っているとか――」
「あはは、村長。落ち着いて。そういうわけじゃないから」
柚はひょいっと馬から飛び降りる。
そして、村長の肩に手を当てて柔らかい笑みを浮かべた。
「そ、そうでしたか。ですが、であれば一体バディカ村に何用でお越になられたのでしょうか」
村長は顔を上げる。
柚を見つめるその顔は心底不思議そうであった。
「こっちに用事があったから寄っただけだよ。一泊させてもらおうかなと思っててさ」
「な、なるほど。そういうことでしたか」
「ダメかな?」
唇に指を当て、不安そうに柚は村長を見る。それから目配せでもするように周囲を……村民を見た。目が合った村民たちはキャッキャウフフと楽しそうにしている。
「滅相もございません。勇者様に泊まっていただけるということでしたら、このバディカ村も喜ぶことでしょう」
このバディカ村も喜ぶことでしょう?
意味がわからなさすぎて脳内で復唱してしまった。
「勇者様を歓迎しますよ。さあ、お祭りの準備を続けてください。私たちは勇者様が寝泊まりできる場所を確保しますよ」
「そ、そんなところありましたっけ。宿なんてないですよ、ここ」
「空き家なら沢山あります。今から掃除しましょう」
荷車からひょこっと顔を出すミュアラン。
「着きました、ですか。ここがミオの言っていた村、ですか」
「ううん、違うよ。まだ先。休憩するだけ」
「だ、そう、です」
ミュアランは出した顔を戻す。そして荷車からそんな声が聞こえてきた。
魔族の子たちの声をわざわざ届けてくれたのだろう。
やっぱりミュアランに保護者役は適任なのかもしれない。ふふ、私の慧眼が光ってしまったな。
「おい、あれって」「魔族だ」「魔族が出たぞ」「やだ、殺されたくない」「ギャアアアアアア」「いやあああああああああ」「死にたくない、死にたくない、死にたくない」「武器だ、武器を持ってこい!」「女、子供を非難させろ! 男は死ぬ気で守れ!」
阿鼻叫喚。
その様はまさに地獄絵図。
殺人鬼でも現れたような慌てっぷりだ。
逃げ惑うもの、その場で腰を抜かし動けなくなっているもの、叫ぶもの。様々いる。
「あの……別に害を与えるような存在じゃないんだけど」
「嘘だ、嘘だ! 魔族。魔族だぞ」
村長は腰を抜かしている。
震えた声と共に、荷車を指さす。
言葉は乱雑だった。取り繕っていたものも、貼りつけていたものも、すべて捨ててしまうほどの恐怖に襲われている。
「勇者様。どうか、どうかお助け下さい。我らに救いをお与えください」
「……はは、困っちゃうな。この魔族、私たちの仲間なんだけどね。仲間を殺すのは嫌だな」
「ですが、魔族。魔族です。魔族ですよ」
「怖くないのに……」
柚が説得しても聞く耳を持たない。
魔族は怖いもの。そういう固定概念みたいなものがベッタリとこびり付いているのだろう。
それが悪いことだとは言わない。
実際、魔族は相当な力を持っている。
成体になったばかりのミュアランでさえ、勇者のパーティに加わっておかしくないだけの力を有していた。人類が畏怖するのは自然なこと。本能的にそういうものなのだろう、と思う。だが、友好的な相手にまでそうなるのは……また違う。
差別的感情を抱いていないだけ幾分かマシなのだろうか。ああ、いや、成体だから差別感情よりも恐怖が勝っているのかもしれない。
「ミュアラン。おいで」
荷車のカーテンを開けて、声をかける。
ミュアランは荷車から降りてきた。
村人の男性陣はスコップや鍬などを持って、立ち向かおうとしている。というか、女性や子供を守ろうとしていた。
仮にミュアランが残虐のすべてを尽くすつもりであれば、そのようなもの武器として全く意味を成さないと思うが。
ミュアランは私の隣にやってくる。
ミュアランの頭を優しく撫でてやる。ミュアランはなんだか嬉しそうな顔をしていた。こんな扱いを受けているのに嬉々とした表情を浮かべられる精神性……羨ましい。
「ほら、怖くないよ。頭を撫でられて喜ぶ可愛い子なんだよ。ミュアランは」
ほかの魔族がどうなのかは知らないが、ウチのミュアランは怖いような存在じゃない。
「ひいっ……私の命で、どうか……どうかご勘弁ください。子供は、子供だけは……見逃してください」
全然話聞いてくれないじゃん。村長。
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