君に贈るトス

凪来

第1話 また君のトスを

病院の待合室は、妙に静かだった。


 白い天井。淡々と流れるテレビの音。誰もそれをちゃんと見ていない空気。


 颯太は受付番号の紙を握ったまま、椅子にもたれていた。


(また定期検診か……)


 怪我は治っている。

 それでも、終わりじゃない。


 バレーはできる。

 でも、また壊れるのが怖い。


 そんな考えを振り払うように息を吐いたとき、隣に人が座った。


 空気が少しだけ変わる。


「……ここ、いい?」


 声の方を見ると、少し背の低い綺麗な女の子だった。


 派手さはないのに、なぜか目が離れない。


「あ、うん」


 颯太がそう答えると、彼女は軽く頭を下げて座った。


 それきり、しばらく無言。


 テレビの音だけが間を埋める。


 やがて彼女がぽつりと言った。


「病院、慣れてる?」


「まぁ……定期検診だから」


 そう答えると、彼女は少しだけこちらを見た。


「怪我?」


 颯太は一瞬だけ間を置いて頷く。


「うん。バレーで」


 その言葉に、彼女のまぶたがわずかに動いた。


「私は健診。ちょっと体調のチェック」


「そっか」


 それ以上は聞けなかった。


 彼女はスマホをいじりながら、視線を前に戻す。


 ふと、画面が一瞬だけ見えた。


 ロック画面。


 そこに映っていたのは、颯太のトスシーンだった。


 ネット際でボールを上げる、自分の姿。


(……え?)


 気づいた瞬間には、彼女はもう画面を伏せていた。


 何事もなかったように、静かにスマホをしまう。


 しばらくしてから、ふと思い出したように言う。


「そういえば……あなたのこと、知ってる」


「え?」


 颯太は思わず聞き返す。


 彼女はスマホを取り出し、画面を軽く見せた。


 さっきと同じ、試合映像の一場面。


「雑誌とか、試合映像とか」


 颯太の呼吸が一瞬だけ止まる。


「なんで……」


 その問いには答えず、彼女はスマホをしまった。


 そして少しだけ間を置いてから、まっすぐ言う。


「ねえ」


 視線がぶつかる。


「まだバレー、やる気ある?」


 颯太は答えられなかった。


 やれる。

 でも、怖い。


 その沈黙の中で、彼女は小さく付け足す。


「また君のトス、見たいんだけど」


 テレビの音だけが、遠くに戻っていく。


 颯太の胸の奥で、止まっていた何かがわずかに動いた。

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