三話 くだらない魔法と小さな花
リサは器を片付けながら、ちらりとエリックを見た。
「……で、なんであんな海岸線をぶらぶらしてたんですか?」
少しだけ、真剣な声だった。
エリックは肩をすくめる。
「ふっふっふ……それは御伽噺みたいな話さ」
「御伽噺?」
「そう。辿り着けるかも分からない場所を目指す、馬鹿みたいな話だ」
「……それって」
リサは目を丸くする。
「
エリックは否定もしなければ、肯定もしなかった。
ただ、少しだけ笑う。
「まあ、そんなところだ」
小屋の隅に積まれたガラクタへと視線を向ける。
「……あそこには、色んな魔法があるらしい」
「色んな魔法?」
「役に立つものもあれば、くだらないものもある」
エリックは床に落ちていた古い魔導書を拾い上げ、ぱらぱらとめくる。
「例えば——そうだな。花を咲かせるだけの魔法とか」
「花……?」
リサは首をかしげた。
「そんなの、役に立つんですか?」
エリックの指が、一瞬だけ止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……さあな」
すぐにページを閉じた。
「くだらない魔法だよ。戦うことも、壊すこともできない」
言いながら、どこか遠くを見る。
「でも、そういうのが必要な時もある」
それ以上は語らなかった。
リサは少しだけ不思議そうに見つめる。
「……変なの」
「そうか?」
「エリックって、強い魔法の話になるとつまらなそうなのに、今の話はちょっと楽しそうでした」
「気のせいだ」
即答だった。
エリックは立ち上がる。
「さて、くだらない話はここまでだ」
散らかった小屋を見回し、足でガラクタをどける。
「次はエドに向かう」
「エド?」
「コーラがあるらしい」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
エリックは平然と言い切る。
リサは呆れたようにため息をついた。
「ほんと、どうでもいい理由で動きますよね」
「どうでもいいことほど、大事なことだったりするんだよ」
何気ない一言だった。
けれど、その声は少しだけ低かった。
リサはその変化に気づきかけて——やめた。
「まあいいです。どうせ止めても行くんでしょう?」
「当然だ」
エリックは軽く笑う。
「世界は広い。くだらない魔法も、まだまだ転がってる」
そう言いながら、棚の奥にあった古びた道具を手に取る。
一瞬だけ、手の動きが止まった。
何かを思い出すように。
けれど、すぐにそれを放り投げる。
「……それで、その“くだらない魔法”ってどれくらいくだらないんですか?」
リサが腕を組んで問いかける。
エリックは待ってましたと言わんばかりに、棚の奥へ手を突っ込んだ。
「いい質問だ。見せてやろう、これが“真の無駄”だ」
取り出したのは、やたらと配線の多い小さな箱だった。
「これは?」
「スイッチを押すとだな——」
エリックは得意げにボタンを押す。
——ポンッ
小さな音と共に、箱の上にちょこんと花が咲いた。
沈黙。
「……で?」
「終わりだ」
「終わり!?」
リサのツッコミが炸裂する。
「いや待て、これはすごいぞ?条件さえ揃えば、何度でも同じ花が咲く」
「条件ってなんですか」
「魔力と、ほんの少しの集中力と、あと運だな」
「運いるんですか?」
「いる」
「いらないでしょそんな魔法!」
リサは思わず頭を抱えた。
エリックは気にした様子もなく、咲いた花を指でつつく。
「ほら見ろ、この形。この色。この微妙な歪み……機械には出せない味がある」
「いや機械じゃないですよねこれ魔法ですよね?」
「細かいことはいいんだ」
エリックは満足げに頷く。
「こういう無駄なものがな—— あとで、どうしようもなく必要になるんだよ」
「絶対立ちません」
即答だった。
リサはため息をつく。
「ほんと、どうしてこう……」
言いかけて、ふと止まる。
エリックの視線が、ほんの一瞬だけその花に残っていた。
ほんの一瞬。
すぐに逸らされたけれど。
「……まあ、いいです」
リサはそれ以上は言わなかった。
「その無駄、せいぜい大事にしてください」
「言われなくてもそうするさ。」
エリックは軽く笑う。
けれどその声は、どこか少しだけ静かだった。
「……行くよ。」
「はいはい」
リサは肩をすくめて立ち上がる。
小屋を出る直前、エリックはほんのわずかだけ振り返った。
散らかったガラクタ。
使い道の分からない魔導書。
くだらないものばかりだ。
それでも——
(……無駄なものなんて、ひとつもない)
小さく息を吐く。
その言葉は、誰にも届かない。
——だからこそ、捨てられなかった。
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
エリックは前を向く。
「行こう」
二人の足音が、重なる。
まだ、何も始まっていない。
それでも——
どこかで、何かが静かに動き出していた。
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