幕間・修行とエロ本とスケスケ下着(九章前/後編)

「……まあ、ここまで強くなれたのは、みんなが真剣に鍛えてくれたおかげだしさ」

「わあ、さっすがユラだー」


 ダイゴローが子供らしい純粋な笑顔を輝かせ、ぴょーんと俺の腰のあたりに飛びついてきた。


「ぼく、大きくなったらユラと結婚したい!」

「ちょ!?またそんな事をっ!」


 水でも飲んでいたのかと思うほどの勢いで、ハヤミが盛大に吹き出した。


「ちょっとダイゴロー!急に何を言い出すんだよ!」


 取り乱すハヤミを余所に、サクラコが頬に手を当ててうっとりと目を輝かせる。


「まぁー強力なライバルですわぁ♡」

「お願いだから、これ以上はややこしい発言はやめてくれい」


 俺が苦笑いしながらダイゴローの頭を撫でていると、その横でヤマトの目がすっと鋭く細められた。


「……ダイゴロー」

「んー?なに、ヤマト」

「ユラはやらん」

「えー!」


 ヤマトの思いがけない牽制に、俺は思わず大声を上げてしまう。


「ちょっと、そんな子供相手に本気で張り合うなよ!?」

「兄貴は本当に大人げねー」


 ハヤミが呆れたように肩を竦める横で、ゴランが再び大爆笑した。


「ははは!!相変わらず大人気だな、ユラ!」

「いや、本当に勘弁してほしいんだけど」


 その賑やかなやり取りの最中だった。


「……ん?」


 俺が動いた拍子に、足元の崩れた土砂がサラサラと崩れ落ちる。

 ぱさっ、と軽い音を立てて地中から姿を現したのは、見覚えがありすぎる派手な装丁のムフフ本。さらに、その下からは真っ白で非常に繊細なレースで作られた、どう見ても高級なスケスケ下着が顔を出していた。


「「…………」」


 それらを目にした瞬間、俺の目は急速に光を失い、遠い世界を見つめるような目になった。


「……ねえ、この世界って、地面を掘るとエロ本とスケスケ下着が自然に生えてくるのが普通なのかな……」


 俺の疑問に、サクラコがその白い下着を指先で摘み上げながら、いつも通りの笑顔で答える。


「まるでミミズ並みの遭遇率ですわねぇ♡」

「そんな生態系ベースで遭遇したくないっす。普通に嫌すぎる」


 俺が頭を抱えている横で、ヤマトはいつの間にか無言で地面から本を拾い上げ、真剣な面持ちでページをめくっていた。

 ぺら、ぺら、と静かな荒野に紙のめくれる音だけが響く。


「……なるほど、これはまあ、悪くない描写だな」

「何を真面目な顔して熟読してんだよ!?」


 俺の全力のツッコミに対しても、ヤマトは一切動じることなく、平然とした態度で本を差し出してきた。


「これはただの娯楽ではない。未知の文化を知るための重要な資料だ」

「絶対に対象年齢が違うだろ!」


 ヤマトに突っ込みを入れる間にも、サクラコは摘み上げたスケスケ下着を広げ、うっとりとした表情で見入っている。


「それにしても、この下着の刺繍、とても凝っていて可愛らしいですわ♡」

「あら、本当ね。生地の質もかなり上等だし、悪くないわね」


 カオルまでが興味深そうに頷き、ハヤミがその白い布地を手に取ってまじまじと観察し始める。


「これ、純白のシルクだね」


 その言葉を聞いた瞬間、ヤマトが一切の迷いなく即答した。


「女のユラにとても似合いそうだ。今すぐ着てみるといい」

「誰が着るか!!絶対に嫌だからな!」


 俺の必死な拒絶反応を見て、ハヤミがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「えー?絶対に似合うと思うんだけどなぁ?」

「着ないからな!!(大切なことなので二回言いました)」


 そんな押し問答を繰り広げている横で、ハチベエが顔を真っ赤に染めながら、じっとそのスケスケ下着を見つめていた。


「にょ、女房に穿かせてみたら、案外似合いそうですな、これ……」


 全員の冷ややかな視線が一斉にハチベエへと突き刺さる。我に返ったハチベエが、慌てて両手を振って弁明を始めた。


「はっ!? い、いや、今のはですな、単なる学術的な観点からの意見でして……!」

「アンタまで何を寝ぼけたことを言ってるのさ、このエロじじい……」


 カオルが完全に呆れ果てた顔で見下ろす中、ゴランは豪快に笑いながら、ヤマトの手からエロ本を奪い取る。


「うほー! こりゃ素晴らしい掘り出し物だぜ! 金がなくて娼館に行けねぇ時、夜のおかずに――」

「ねーねー、ヤマト」


 ダイゴローが不思議そうに首を傾げ、ヤマトの服の裾を引っ張った。


「おかずってなぁに? ご飯の時に食べるものじゃないよね?」


 その質問を聞いた瞬間、俺の顔からサッと血の気が引いていく。


「ヤマト、待て。絶対にその質問に答えるな!」


 しかし、ヤマトはいつになく大真面目な表情でダイゴローを見つめ返した。


「つまりだな、ダイゴロー。男には、夜な夜な自分の部屋で――」

「お、おかずってのはあれだよ!夜にみんなで楽しく裸プロレスをすることだよぉ!!」


 ハヤミが顔を耳まで真っ赤に染めながら、大声を上げてヤマトの言葉を遮った。あまりにも無理のありすぎるフォローに対して、全員が揃ってジト目をハヤミに向ける。


「なんでそんな最悪なフォローの仕方をしたんだ」

「うるせぇ!!これしか思いつかなかったんだよ!!」


 ハヤミは羞恥のあまり、顔から火が出そうなほど真っ赤になって叫んだ。

 その横で、ダイゴローが不満そうに頬を膨らませる。


「おかずの意味、みんな難しくして教えてくれない。つまんなーい」


 そう文句を言いながら、ダイゴローはゴランが持っていた本の手元を覗き込み、小さな指でページをめくってしまった。


「わあ、男の人が女の人の上に乗って、裸でいろいろしてるー。へんなのー」

「「ぎゃああああああ!!」」


 俺達が人生で一番の超反応を見せて叫んだ。


「ダメぇぇぇ!!見ちゃいけません!!」

「子供の目に毒よ!見るなぁぁぁ!!」


 慌ててカオルが物凄い速度で本を引っ掴んで取り上げる。その騒動の最中、ヤマトが腕を組んで真顔のまま深く頷いた。


「まあ、人間は大人になるとだな……ぐふっ」


 次の瞬間、カオルの容赦のない拳骨がヤマトの脳天へと炸裂した。


「アンタは子供に変な教育をしようとするんじゃない!もう黙れ!!」


 さらに、隣でエロ本を惜しそうに見ていたゴランも、まとめてカオルの拳に沈められる。


「ぬぉぉっ!? なんで俺まで!?」

「その顔のせいだ!」


 静まり返っていた荒野に、男たちの悲鳴と仲間たちの笑い声が賑やかに響き渡った。

 それにしても、だ。

 エロ本。スケスケ下着。さらに足元の土砂を少し退けると、そこには木箱に入った謎の大人の玩具までが埋まっていた。

 俺は完全に真顔になり、ぽつりと疑問を口にする。


「……ていうかさ、本当になんで地面にこんなものが埋まってるわけ?」


 その問いかけに、それまで騒いでいた全員がピタリと口を閉ざした。言われてみればその通りである。

 石や鉱石、あるいは魔物の魔石が地中から出てくるなら理解できる。だが、なぜか毎回かなりの高確率で、こうした成人向けの物品が発掘される。しかもどいつもこいつも無修正ものばかり。


「ミミズや小石みたいな軽いノリで、こんなものが採掘される世界っておかしいだろ……」


 ゴランが痛む頭を抑えながら腕を組む。


「確かに言われてみれば、おかしな話だな……」


 ハチベエもしみじみと同意するように頷いていた。


「うむ、まさに世界の七不思議ですなぁ……」


 その時、ハヤミが何かをふと思い出したように、ポンと手を叩いて口を開いた。


「あー……そういえばさ」

「ん? 何か心当たりでもあるのか、ハヤミ」

「あのム●カのモノマネしていた精霊がいるじゃん?」

「ああ……口の悪い親分ね」


 ダイゴローといる妖精たちのリーダーであり、やたらとテンションが高く、時折某アニメの名言のような暴言を吐くあの精霊のことだ。

 ハヤミが至って真面目な顔で頷く。


「絶対に、あいつの仕業でしょ」

「はい?精霊がこれを?」

「うん。あいつの悪ふざけなら、大いにあり得るかもね……」


 俺が何とも言えない嫌そうな顔をしていると、サクラコが両手を合わせて、再びうっとりと微笑んだ。


「なるほど、つまり精霊様が世界に『エロの祝福』をプレゼントしてくださっているんですわね♡だからこそ、地面からこのようなムフフな本やスケスケ下着が収穫できるのですわ♡」


 サクラコは妙に納得がいったという顔で一人で頷いている。カオルまでもが、もっともらしい様子で同意した。


「まあ、理由がはっきりしてスッキリしたじゃないの」

「全然よくないっすよ、カオルさん」


 俺が呆れてツッコミを入れている横で、ダイゴローだけは純粋に目を輝かせていた。


「すごーい!精霊さんって、地面にエロ本を植えてるんだぁ!畑みたい!」

「畑みたいに言うんじゃない!野菜と同列にするな!」


 そんな騒ぎの中、ヤマトはいつの間にか足元に転がっていた木箱を新しく開けていた。

 カパッ、と軽い音が響く。


「……ほぉ、これは実に見事な造形だな」

「何をまた凝視してんだよ!」


 俺が慌てて飛びつくと、ヤマトは平然とした表情で木箱の中身を見つめたまま言った。


「これは異世界の精霊文化における、貴重な学術研究の一環だ」

「絶対に対象が間違ってるだろ!」


 ゴランがその様子を見て、再び腹を抱えて大笑いする。


「ははは!!精霊の連中も、案外俺たちと同じで俗っぽいんだなぁ!」


 ハチベエもしみじみと顎を撫でる。


「神秘とは、実に奥が深いものですじゃ……」


 俺はすっかり疲れ果て、遠い目をして呟いた。


「……この世界の神秘って、あまりにも俗物すぎだよ……」


 その瞬間、どこからともなく奇妙な優しい風がふわっと吹き抜けた。

 そして――ひらりっ。

 上空から、ひらひらと舞い落ちてきた新しいスケスケ下着が、俺の頭の上にジャストミートで落ちてきた。


「「…………」」


 静寂の中、俺はその場に膝からガクリと崩れ落ちた。


「もう嫌だ、このスケベな世界!!」


 数日後、交易街道の一角にある賑やかな露店地帯。

 そこでは旅の商人たちが非常に真剣な面持ちで、地面から採掘されたエロ本とスケスケ下着を並べ、真面目に査定を行っている光景が広がっていた。

 その異様な光景を前に、俺たちは何とも言えない複雑な表情で立ち尽くしていた。


「……いや、ちょっと待ってくれ」


 俺はこめかみを指で押さえながら、信じられないものを見る目で頭を抱える。


「なんで当たり前みたいに市場に流通してんの……?」


 並べられている品々は、完全に希少な高級魔法素材と同じ扱いを受けていた。普段は達観しているヤマトでさえも、さすがに僅かに眉を寄せて驚いている。


「……ここまで大々的に普及しているとは、俺の計算でも想定外だな」


 ゴランも腕を組みながら、うーむと唸り声を上げた。


「俺が王族だった時代でも、一部の物好きの間で高級素材として扱われてることは知ってたがよぉ……」

「まさか、庶民の一般市場にまで完全に国家レベルの流通として組み込まれているとは、思いもしませんでしたわ……」


 普段から下着集めが趣味のサクラコでさえ、これには若干引き気味の様子だった。

 実際、王宮の宝物庫や高位の錬金術師たちの間では、スケスケ下着やムフフ本が高い魔力濃度を持つ珍貴な素材であることは知られている。しかし、自分たちが想像していたのは、あくまで一部の人間が扱う特殊な素材としての話だ。

 まさか、庶民の生活にここまで完全に浸透しているとは思わなかった。


「いやー、最近は地面をどれだけ深く掘っても、質が悪いムフフ本が増えてきて参っちゃうよなー」


 旅の商人の一人が、まるで野菜の出来栄えでも語るかのように平然と言う。


「分かる。一昔前のムフフ本は、もっと全体的に魔力濃度が高くて、艶もあったのにな」

「北方産のスケスケ下着は、魔力の流通量がまだ安定しているからマシだがね」


 商人たちの間では、完全に高級な鉱石や魔石を取引する時と同じトーンで会話が交わされていた。


「地面から採掘されるのが大前提の会話なの、本当にもうやめてくれないかな……」


 呆れ果てる俺の横で、ハヤミが我慢できずにぷっと吹き出す。


「てかさ、最初にあの転移魔石を作るために穴掘りをしてた時、マジで全員とんでもない変な顔をしてたよね」

「あー……あの時ね」


 カオルが苦い記憶を思い出したように、そっと額を押さえた。


「確か、帝国へ向かうための転移魔石を精製しようとしていた時だったわねぇ……」


 高純度の天然魔石を探し出すため、仲間たち全員で必死になって地面を掘り起こしていた時のことだ。掘っても掘っても出てくるのは、魔石ではなく大量のエロ本やスケスケ下着、そして謎の木箱ばかりだった。

 ゴランが苦笑いを浮かべながら振り返る。


「最初は、どこかの大バカ者が大量に隠した秘密のゴミ捨て場かと思ったぜ……」


 ハチベエもしみじみと深く頷く。


「まさか、あれらすべてが大自然が生み出した天然物だとは思いもしませんでしたなぁ……」


 俺やダイゴローだけが、きょとんとしていた。


「え……そんなに大量に出てたの?」


 俺はその頃、帝国の眠り薬のせいでずっと眠ったままだった。ヤマト達だけが、その壮絶な穴掘り地獄をリアルタイムで体験していたのだ。

 サクラコがニコニコと楽しそうに説明を補足してくれる。


「ええ、掘るたびに綺麗なスケスケ下着や上質なムフフ本が、それはもう大量に発掘されましたわ♡」

「うわー……何その地獄みたいな鉱山」

「しかも、時々木箱に入った大人のおもちゃまで埋まってたんだからねぇ……」


 カオルが遠い目をして、当時の疲労感を滲ませる。


「本当に、一体なんてもんが土の中に埋まってるんだか」

「だが、魔力濃度自体は極めて高かった。エロパワーとやらの秘めたエネルギーは、バカにはできないな」


 ヤマトが真面目な顔で分析を口にする。


「お願いだから、そんな真剣なトーンでエロパワーの分析をしないで!」


 その時、露店の商人の一人が、自慢げに一つの頑丈な木箱を開けて見せた。


「見ろよ、お客さん!これぞ最高純度を誇る、特A級のスケスケ下着だ!」

「おおっ!?」


 周りの客たちが一斉にどよめく。


「しかも、滅多にお目にかかれない純白の白だ!!」


 白という単語が響いた瞬間、ヤマトの碧眼が僅かにピクリと反応した。


「やはり、ユラにはその純白の白が一番よく似合うと思うな」

「だから、お願いだからそんなものに興味を持たないでくれ!!」


 ヤマトはどこまでも大真面目な表情を崩さなかった。


「いや、冗談抜きで、素材としての質は非常に良い。仕立ての技術も一級品だ」

「頼むからその明晰な頭脳でエロ下着の鑑定をしないで!!」


 ゴランが再び腹を抱えて、街道中に響き渡る声で大笑いする。


「はっはっは!!世界ってのは、本当に奥が深ぇなぁ!!」

「文明とは、実に不思議なものですじゃ。こんなものでも、一定数の大人に役立っているのですから」


 深く頷くハチベエの横で、ダイゴローだけはどこまでも純粋な瞳を輝かせていた。


「すごーい!地面を掘ると、お山からたくさん宝物が出るんだね!」


 ダイゴロー、それは金銀財宝じゃなくて、ただの不健全な大人の道具なんだよ。それが世界の神秘として流通しているの、俺は全然納得がいかないけれど。


 その時、ひらり、と足元の土砂の隙間から、またしても新芽が芽吹くように新しいスケスケ下着が顔を出した。


「「…………」」


 全員が、もはや驚きすら失った顔で見つめる中、ハヤミが堪えきれずに大爆笑した。


「あははは!!もうこれ、完全にそこらへんに生えてる雑草じゃん!!」

「雑草よりも、遥かにタチが悪いよこれ……」


 終


 ちゃんちゃん

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