一枚の服をきっかけに・・・
田中
第1話 集会
毎週、決まった時間になると、自然とイヤホンを手に取っている。
アラームを設定しているわけでもないし、誰かに催促されるわけでもない。それなのに、その時間になると、他の予定を入れなくなっていた。
始まりは、本当に軽いものだった。
知り合いに「こんなのあるけど、どう?」と紹介されただけだ。
正直、詳しい話はほとんど覚えていない。
アパレルで、コミュニティがあって、仕組みがどうとか、これから面白くなるとか。
難しい話は苦手だし、全部理解しようとも思わなかった。
ただ、「少しでも儲かったらいいな」くらいの気持ちはあったと思う。
だから、とりあえず一枚だけ服を買った。
深い意味はなかったし、特別な覚悟もなかった。
買い物としては、ごく普通の判断だったはずだ。
それで終わると思っていた。
ところが、そのあと「集会がある」と教えられた。
週に一回、決まった時間に、生放送で話をするらしい。
顔は映らない。
資料も出ない。
ただ、一人が話して、周りがコメントをする。
最初は、なんとなく聞いていただけだった。
作業しながら、流し見に近い感覚で。
正直、内容の半分くらいは頭に入っていなかったと思う。
それでも、不思議と次の週も聴いていた。
話しているのは、いわゆるファウンダーと呼ばれる人だ。
計画の話をしているかと思えば、急に雑談に脱線する。
最近あった出来事や、どうでもいい小話を挟みながら、また本題に戻る。
いかにも「ちゃんとした説明会」という雰囲気ではない。
でも、「適当」という感じとも少し違う。
参加している人たちは、コメントを打つ。
感想だったり、質問だったり、冗談のような一言だったり。
全部のコメントが拾われるわけじゃない。
それでも、ときどき名前を呼ばれて、質問に答えてもらえる人がいる。
そのやり取りを聴いているだけなのに、なぜか距離が近く感じられた。
毎週、同時に聴いている人は百人前後らしい。
多いとも少ないとも言い切れない、そのくらいの人数。
顔も年齢も職業も知らない。
現実では一度も会ったことがない人たちだ。
それでも、コメント欄の流れを見ていると、
「同じ場所に集まっている」という感覚だけは、確かにあった。
この集会は、録音されない。
あとから聞き返すこともできない。
だからなのか、ときどきオフレコの話が出る。
「ここだけの話だけどさ」
その一言が出た瞬間、コメントの流れが少しだけ速くなる。
誰かが大きく反応するわけでもない。
でも、その場にいる全員が、同じ方向を向いた感じがした。
大事な情報かどうかは、正直よく分からない。
後から振り返れば、特別な意味はなかったかもしれない。
それでも、「今、この時間に聴いている人だけが知っている」という事実が、妙に心地よかった。
いつの間にか、集会のある曜日を基準に、予定を考えるようになっていた。
仕事が早く終わるように調整したり、別の用事を前倒しにしたり。
義務じゃない。
参加しなくても、誰にも何も言われない。
それなのに、聴かないと少しだけ落ち着かない。
不思議だな、と思う。
服を一枚買っただけのはずなのに。
何かに投資したつもりも、参加した自覚も、最初はなかったのに。
それでも今、確かにここにいる。
これは、説明会でも、ファンイベントでもない。
たぶん、同じ船に乗ってしまった人たちが、
週に一度、デッキに集まっているだけなのだ。
どこに向かっているのかは、まだ分からない。
本当に儲かるのかどうかも、相変わらず不明だ。
それでも、今週もまた、集会が開かれる。
だからきっと、次の週も、
僕は同じ時間にイヤホンをつけている。
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