3章⑥
『データ送信完了ぉ! スマホでチェックしてね!』
プリクラ機の能天気なアナウンスが、狭い落書きブースに響き渡る。
陽菜は「あ、来た来た!」とはしゃぎながら、自分のスマホを操作し始めた。
画面に映った『大親友』の文字から、なんとなく目を逸らす。
そのまま、一歩だけ外に出た。
――その瞬間。
誰かの肩にぶつかった。
「すみません。よく見てなくて」
顔を上げると、大学生くらいの男。黒髪で、整った顔立ち。
「いや、大丈夫。そっちこそケガない?」
「はい、大丈夫です」
短く答えたところで、陽菜がこっちに気づいて駆け寄ってくる。
「どうしたの凪?」
「いや、この人にぶつかっちゃって」
「えぇ~、すみません」
陽菜が隣に並んで、ぺこっと頭を下げる。
「いえ、大丈夫ですよ」
黒髪の男が笑った、その横から。
「なにしてんだよ。女の子にぶつかるとか」
ひょいっと顔を出してきたのは、金髪の男。
……なんか、軽い。
「オレからぶつかった訳じゃないって」
「そうなんです。私がよく見てなくて、ぶつかってしまって」
さすがに責任押し付けるのは気まずくて、フォローする。
「そうなの? でも大丈夫? こいつ、無駄に筋肉あるから痛かったんじゃない?」
「い、いえ」
ノリの合わなさに気づいたのか、黒髪の男性の方が
「おいおい、いきなり変な絡み方するな」
と、助け舟をだしてくれた。
金髪の人も「はいはい」と笑っているけど……微妙な空気。
そこに陽菜が、すこしわざとらしく、明るい声で話しかけた。
「お兄さんたちも、ゲーセンで遊んでたんですか?」
金髪の男が、調子よく答える。
「そうそう。二十歳になったかたから飲みに行こって言ってんのに、こいつがゲーセンが良いっていうからさ~」
「いいだろ、格ゲーしにきても」
黒髪の人、ちょっと不満そう。
すると陽菜が
「いいじゃないですか、格ゲー! 自分の好きなコトするのに、年齢関係ないですよ!」
と、コロコロと鈴を転がすように笑う。
ほんと、無防備と言うか、人懐っこいと言うか。
黒髪の人も、満更じゃなさそうに、「そ、そう」と気を良くしてるし。
――で。
金髪の方は。
明らかに、ニヤ付いた目で、こっちを見てる。
「お姉さんたちはプリクラ撮ってたの?」
金髪の人の質問に、陽菜が、
「そうです! でも、アタシたち年下ですよ? 高校生」
と、答える。
「そうなの? 大人っぽいから、年上だとおもったわ! な?」
金髪が黒髪に同意を求めてる。
「そ、そうだな。高校生に見えない」
「え~、それって老けて見えるってことですか?」
「い、いや、そうじゃなくて」
「冗談ですよ~!」
初対面の男相手でも臆せず、相手の懐にするりと入り込んでしまう。
これが陽菜の凄いところであり、同時に危なっかしいところだ。
……気づいてないの?
金髪の方は露骨に、黒髪の方もチラ見だけど、私たちの体を見定めるみたいに見てるってこと。
さっさと切り上げよう。
「それじゃあ、私たちは、この辺りで。ぶつかってすみませんでした」
私が立ち去ろうとすると、黒髪の人は、「そ、それじゃあね」と名残惜しそうに手を振った。
しかし金髪の方は、まだ引き止めたいようで、
「そう言わずにさ~。良かったらクレーンゲームしようぜ! なんか欲しいものある?」
と、逃がしてくれない。
……めんどくさいな。
ないです、と私が拒絶しようとした瞬間。
「アタシ、あの猫のキーホルダー欲しい」
陽菜が、無邪気な声で、景品を指差した。
その場の空気が、一気に遊ぶ方向へ固定される。
陽菜に声をかけられ、金髪の男が意気揚々と機械へ向かう。
「OK~! んじゃ、オレ頑張って取るわ!」
「頑張ってくださいね」
陽菜も、その様子を見に、クレーンゲームの方に寄っていった。
それを呆れた目で見送っていると、黒髪の男が私の横に立ってきた。
「ごめんね? 無理に引き止めて」
「……いえ、陽菜も楽しそうですし」
「ならいいんだけど。えっと凪ちゃん、だっけ?」
「はい」
「凪ちゃんは、あんま楽しくなさそうだから」
「……ナンパとかで、あんまこういうの、いい思い出ないので」
少しだけ声を落とす。
「凪ちゃんくらい美人なら、そりゃ、ナンパされる経験も多いよね。ごめんね、いやな思いさせて」
「いえ」
なんだろう。金髪の方と違い、黒髪のこの人は、物腰柔らかで謝ってもいるけど……。
どこか、私たちを逃がしたくないような気配を感じる。
私が訝しんでいるのが、伝わってしまったのか、黒髪が指で頬をかく。
「あ~、あんまり女の子と話さなくて、キモかったらごめん」
そういうことか。
「……大丈夫です。でも大学では女性と話さないんですか?」
「なかなかね。行動しないと、なにも進まないさ。それが難しいんだけどね」
行動しないと、か……。
陽菜は、今日私と二人きりで出かけるために、嘘までついた。
理由は、分からないけど、行動、した。
なら私は?
陽菜に告白もせず、恋愛的に好かれてるかもって思っても、それを聞けずにいる。
なにも、行動してない。
私が黙っていると、黒髪が緊張気味に口を開いた。
「だからさ、オレも行動してみるよ。凪ちゃん、このあと俺たちの遊ばないか?」
ナンパの割に、真剣な目。
その瞳の奥にある欲望を隠せてはいない。
高校生に手を出すなよ、という軽蔑の気持ちもある。
でも、何も行動できていない私には、彼のその無謀な踏み込みが、一瞬だけ眩しく思えた。
「えっと……」
「凪~! キーホルダー、取ってもらった~!」
私が答えに詰まっていると、陽菜が金髪の男を引き連れて戻ってきた。
陽菜の手には、さっきの猫のキーホルダーが握られている。
「あれ、どうしたの?」
陽菜が少し心配そうな声で聞いてくる。
私も、行動したい。
陽菜が恋愛が分からないままで、私を親友と思っているのか。
それとも、恋愛対象として、私が好きなのか。
知りたい。
「……いや、この人にナンパされてた。この後、一緒に遊ばないかって言われてるんだけど、どうする?」
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