第5話 盛夏、白熱、そして強制連行された観客(上)

都内最大の屋外テニスセンターは、午前9時の時点ですでに沸騰した巨大な蒸し器と化していた。


灼熱の太陽に焼かれたハードコートのゴムの焦げるような匂いが、日焼け止め、スポドリ、そして男子高校生たちの汗の匂いと混ざり合い、物理的な熱波となって奏(かなで)の五感を狂ったように攻撃してくる。


キュッ!


ズバァァンッ——!


テニスシューズがハードコートに擦れる甲高いスキール音と、ボールがガットに激突する爆発音が、広大なコートの上空で息苦しい網の目のように交錯している。


奏は自分がドロドロに溶けてしまいそうだった。


彼はダボダボの白いコットンTシャツを着て、水分を失った軟体動物のように、コートの端にある審判台が落とす僅かな日陰に死に物狂いで縮こまっていた。この恐るべき「リア充空間」から身を守るため、彼は持ち歩いている漫画雑誌まで取り出していた。表紙では猫耳をつけた覆面ヒーローが鋭いバトルポーズを決めているが、今の奏にはページをめくる気力すら残っていなかった。


マンションの23度に設定された冷房と、機嫌は最悪だが触り心地だけはひんやりしているゴールデン・ブリティッシュの「カル」が、今猛烈に恋しい。


「柏木奏、それ以上後ろに下がったらフェンスと一体化するぞ」


頭上から、冷ややかで嘲るような声が降ってきた。


奏はのろのろと顔を覆っていた漫画をずらし、隙間から外を覗いた。刺さるような逆光の中、千野柊斗(ちの しゅうと)が彼の目の前に立っていた。


少年はすでに本格的なトレーニングウェアに身を包んでいる。漆黒のノースリーブが胴体に密着し、今にも弾けそうな若々しい筋肉のラインを浮き彫りにしていた。アッシュブロンドの髪は太陽の下で眩しいほど白く輝き、黒のスポーツヘアバンドでかき上げられ、端正な額と、北極の氷河を湛えたような冷たい瞳が露わになっている。


(うわぁ……この現役DKリア充を見てるだけで、俺の中の陰キャ魂が浄化されて消滅しそう……)奏は心の中で密かに毒づいた。


柊斗は片手にプロ仕様のカーボン製ラケットを提げ、もう片方の手にはキンキンに冷えたミネラルウォーターのペットボトルを持ち、日陰でガタガタ震えているこの「日光アレルギーの宇宙人」を見下ろしていた。


「ここの紫外線指数、すでに人間の皮膚が耐えられる限界を突破してるんだけど」奏は漫画越しにくぐもった弱々しい声で言った。「俺、今ゆっくりと細胞がアポトーシス(死滅)していくのを実感してる……」


柊斗は短く鼻で笑った。そして、冷たいペットボトルの底を容赦なく奏の額に押し当て、相手が「ヒャッ」と身をすくませるのを満足げに見下ろした。


「ごちゃごちゃ言ってないで、そこでおとなしくしてろ」柊斗は手を引っ込め、ラケットのフレームで奏の膝を軽くコンと叩いた。「ここで寝るなよ。ボールが当たって死んでも、俺は死体処理なんかしないからな」


そう言い残すと、柊斗は奏の殺意を込めた恨めしい視線を無視して背を向け、直射日光が照りつけるコートの中央へと大股で歩き出した。


奏は溜息をつき、漫画を後頭部に敷いて、強制的にその眩しすぎる中心へと視線を向けさせられた。


認めざるを得ないが、一度コートに立つと、千野柊斗の放つプレッシャーは指数関数的に跳ね上がる。隣のコートで騒いでいた二軍の部員たちも、柊斗がコートに入った瞬間に申し合わせたように声を潜め、畏敬の念を込めて視線を集中させた。


これは部内の練習試合だ。柊斗の向かい側に立つのは、彼よりも一回り以上体格の良い3年生の先輩だった。


「柊斗、今日は手加減するなよ!」先輩は強がって声を張り上げたが、奏の耳には、その声に隠しきれない緊張が混じっているのがはっきりと聞こえた。


柊斗は何も答えない。彼はベースラインの後ろに立つと、スラリとした指でポケットから蛍光イエローのテニスボールを取り出した。地面で軽く2回バウンドさせる。そのリズムは、精密なメトロノームのように安定していた。


次の瞬間。トスを上げ、膝を曲げ、極限まで引き絞られた強弓のように上体を反らし、そして——


ズドォォォンッ!!


奏の瞳孔がキュッと収縮した。


柊斗のフルスイングの軌道すら見えなかった。ただ、小型爆弾が炸裂したかのような轟音だけが響いた。蛍光イエローの残像が地面すれすれの空気を引き裂き、凶暴な勢いで相手コートのサービスエリアの死角に突き刺さる。ボールはそのまま高く弾み、後方のフェンスに激突して深くめり込んだ。


対戦相手の先輩は、一歩も動くことすらできず、レシーブの構えのまま呆然と立ち尽くしていた。


「……エ、エース!」コートサイドのスコアラーが息を呑み、震える声で結果を告げた。


コートが静まり返る。


柊斗は無造作に手元のラケットを回し、目を伏せたまま相手を一瞥だにしなかった。たった一撃の、まるで力みを感じさせないサーブで、彼は容赦なく相手のすべての防衛線を粉砕したのだ。


「……弱すぎる」


柊斗の冷ややかな声が、静寂のコートに響き渡った。声は大きくないが、コートの隅々にまでクリアに届いた。


彼は顔を上げた。その視線は絶望する相手ではなく、コートの半分を飛び越え、日陰に隠れている奏の上に寸分の狂いもなく落とされた。


揺らめく陽炎の向こう側で、柊斗はわずかに顎を上げ、極めて傲慢で挑発的な笑みを口角に浮かべた。その目はこう雄弁に語っていた。『よく見とけ。これが俺の世界だ』


奏はその鋭すぎる視線に火傷しそうになり、思わず手にしていた漫画の表紙を顔の前に掲げて防御壁にした。


この練習試合は、もはや競技というより、一方的で結果の見え透いた「公開処刑」だった。


審判台の陰に身を隠しながら、奏はコートの中央で吹き荒れる台風の目のような金色のシルエットを見つめていた。柊斗の動きには一切の無駄がない。ベースラインからのストローク、ネット際でのボレー、そして強烈なスマッシュ——すべてが「絶対勝利」のプログラムをインプットされた殺人マシンのように正確無比だった。


バァァン!


またしても恐ろしい威力のパッシングショットが、先輩の足元を掠めてインの判定ラインを叩き割った。


「ゲーム・ウォン・バイ・千野、6-0!」


試合終了まで、20分とかからなかった。あの体格のいい先輩は両手を膝について肩で息をしており、大粒の汗がハードコートにボタボタと落ちている。その目には、色濃い挫折と恐怖が浮かんでいた。

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