第27話


「ごちそうさまでした」


二人で作った朝食が終わり、穏やかな休日の午前中が訪れた。

恋人同士になって、初めての休日。

二人は、特に何をするともなく、リビングのソファに並んで腰掛けた。


(...)


(...)


...気まずい。

以前までの友人のようで家族のような、あの気楽な同居人の距離感が、まるでわからない。

隣に座るイヴの体温を、昨日までとは比べ物にならないほど意識してしまう。


(...こ、恋人って、何すればいいんだろ...!?)


菫子は、必死で昨日までの自分を演じようとした。


「...あ、イヴちゃん、テレビでも見る?」


「...ふん。どちらでもよい」


イヴもイヴで、落ち着かない様子だった。

足を組み替えたり、意味もなくクッションを叩いたりしている。


(...今朝、あんなに抱きしめたというのに。なぜ、今、この距離がもどかしい...!)


先に動いたのは、イヴだった。

イヴは、無言のまま、ソファの上で菫子の方へじりじりと距離を詰めた。


「え、ちょ、イヴちゃん?」


「...」


イヴは何も答えない。

そして、昨日、菫子の手を取ったように、ごく自然な動作で、菫子の左手を、そっと握った。


「...!」


菫子の心臓が、跳ね上がった。


(手...! 恋人繋ぎじゃないけど、しっかり握ってる...!)


菫子が、真っ赤になって隣のイヴを盗み見ると、イヴは、顔をそっぽに向け、テレビを眺めているフリをしている。

だが、その耳は、真っ赤に染まっていた。


(...イヴちゃん、照れてる...!)


魔王様、超デレデレである。

昨日、あれだけ格好良く「妾も、うぬが好きじゃ」と告白した人物が、今、必死に照れを隠しながら、菫子の手に触れたがっている。


(なにこれ...めちゃくちゃ可愛い...!)


菫子の心に、これまで感じたことのない、感情が芽生えた。


(...イヴちゃんが、こんなにデレてる。もしかして、私...今、イヴちゃんのこと、からかい放題なんじゃ...?)


菫子のイタズラ心に、火がついた。


「...あ」


菫子は、わざとらしく声を上げると、イヴが握っていた手を、スルリと引き抜いた。


「...!?」


手を離されたという事実に対し、イヴは驚いて菫子を見た。


なぜ手を離す?という不満の顔だ。


「私、イヴちゃんのお茶淹れてくるね!」


菫子は、イヴの動揺を楽しみながらキッチンへ向かった。


「...」


残されたイヴは、虚空に残った自分の右手と、菫子の背中を、交互に見つめた。


(...今、なぜ...。お茶など、さっき飲んだばかりじゃ...)


菫子が本当にお茶を持って戻ってきた。


「お待たせー」


菫子がソファに座る。イヴは、今度こそ、と再び菫子の隣に距離を詰め、その手を握った。


「...イヴちゃん」


「...なんじゃ」


「リモコン取りたい」


「...!」


イヴの手が、再び離される。


...イヴが、握る。


「...イヴちゃん」


「...今度はなんじゃ!」


「髪、ちょっと結び直すね」


「...っ!」


イヴの手が、三度、離される。

イヴは、ソファの上で、はぁ、はぁ、と静かに肩で息をしていた。


(...おかしい。なぜじゃ。なぜ、妾が触れようとするたびに、こやつは別のことを始めるのじゃ...!)


そこに、菫子がイヴの正面に回り込み、ニコニコしながら、その顔を覗き込んできた。


「イヴちゃん、どしたの?」


「...な、なんでもないわい!」


「えー? だって、さっきから私の手、ずーっと握りたそうにしてたじゃん?」


「なっ...!」


図星を突かれ、イヴの顔がカッと熱くなる。


「そんなに私と、離れたくないのー?」


菫子が、からかうような甘い声で畳み掛けた。

イヴは、ついに言葉に詰まった。


「た、たわけ! 勘違いするな! そ、それは...! 恋人同士の...当然の行為じゃ!」


「へー? 当然の行為かぁ」


菫子は、イヴのその必死な言い訳と真っ赤な耳を見て、愛おしさが爆発した。


(...あーもう。可愛い)


菫子は、からかうのをやめた。

イタズラは、一瞬で愛情に変わる。


「...ふふっ」


「...な、何がおかしい!」


「ごめんごめん、イヴちゃん、あんまり可愛いから」


「か、可愛いはやめるのじゃ!」


「ねえ、イヴちゃん」


菫子は、そっとイヴの頬に手を添えた。

イヴは、菫子の急に真剣になった表情と、頬に触れる手の温かさに、体を強張らせた。


「...なんじゃ...」


「私、イヴちゃんが触れてくれるの、本当はすっごく嬉しいんだよ」


「...!」


「意地悪して、ごめんね」


イヴは、菫子の真っ直ぐな瞳から、目を逸らせなかった。

魔王の威厳も、照れも、もうどうでもよくなっていた。

菫子は、そのまま、ゆっくりと顔を近づけた。

イヴは、それを拒否しなかった。

ただ、その黄金の瞳を、わずかに見開いたまま、動けないでいる。

そっと、唇が重なった。


「...ん」


それは、昨日の寝落ち寸前では味わえなかった、初めての、お互いを意識したキスだった。

ほんの数秒。

どちらからともなく顔が離れる。


「...」


「...」


二人を包むのは、もう気まずさではない。

甘く、満たされた沈黙だった。

先に口を開いたのは、菫子だった。


「...イヴちゃん」


「...なんじゃ」


菫子は、人生で一番の幸せをかみしめるように、ふわりと微笑んだ。


「これから、よろしくね」


その言葉は、「恋人として、二人で歩んでいこうね」という、菫子なりの誓いの言葉だった。

イヴは、その言葉の重みを真正面から受け止めた。

昨日の「覚悟」が、今、この瞬間に、確かな二人の間の「約束」に変わった。

イヴは、もう一度、菫子の手を強く握りしめる。今度は、もう照れも迷いもない。


「...ああ」


イヴは、魔王の威厳と、一人の少女の愛情のすべてを込めて、答えた。


「妾こそ、うぬを...二度と離さぬ。大好きじゃ、菫子」

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