第 7 話 残響の灯り Ⅲ /残された場所

雨はまだ続いていた。


閉店の札を返したあとも 


Lapis Codeには


心地よい音楽が小さく流れている。


いつもの音。


いつもの香り。


けれど今日は 少しだけ違った。


みつきはカップを両手で包んだまま


カウンターへ置かれた依頼書を

見ていた。


探しているのは娘。


家を出たまま 帰らない。


残っている手掛かりはひとつ。


昔 夫婦で通っていた古い喫茶店。


それだけ。




「……少ないですね」




思っていたより ずっと……少ない。


レイは答えなかった。


Noiseが近いわけじゃない。



けれど。



静かな夜ほど 聞こえるものは増える。


誰かが飲み込んだ言葉…


帰れなかった気持ち…


零れた後悔…


静かに沈んでいる。



「月城さん」



「……ん」


「見つかると思いますか」



――沈黙――



心地よい音楽 と雨音が響くいつもの夜。



「……残る」



低い声。



みつきは顔を上げた。



「人は 大事な場所に何か残す」



短い言葉 …



けれど レイがそう言う時は。



ちゃんと理由がある。



レイは鍵束を持った―無機質な音が



静かな店に小さく響く。



「……来るか」



「はい」









雨はまだ止まない。



その 古い喫茶店は街の外れにあった。



扉を開けた瞬間。



コーヒーの香りがした。



懐かしい……そう思う前に



胸の奥だけ 少し揺れる……



みつきは店の中を見る。


静かな時間。



«誰かが笑った場所»



«誰かが過ごした時間»



消えないまま 残っている。




「……月城さん」




―返事はない―



レイは窓際を見ていた。



少しだけ 息が止まる。



遠い…… そう見える時ほど。



たぶん レイは近くにいる……




「……ここか」




小さな声 みつきは隣へ立つ。



古い写真立て 笑っている夫婦。



その隣 まだ小さな女の子。


依頼書の写真。


少しだけ 似ていた。


雨音だけが静かに続いている。



けれど 止まっていた何かが。



少しだけ 動いた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る