ハルとサク
十四年前――
石が敷き詰められた床
奥へ流れていく冷え切った空気
錆びた鉄格子が並ぶ通路に人の気配はない
鉄格子の部屋に二人の少年が鎖で繋がれていた
「ハル……俺は思うんだ……」
「………………」
一人の少年はハルと呼ばれた少年に語り掛ける
「善と悪って……勝つか負けるかってことだと思うんだよ」
「どうして……?」
少年はハルに語り続ける
「僕らは負けた。ミツルギに、親に、軍隊に」
「だから、僕らは悪になった」
少年の瞳は濁っていない
そこに、喜怒哀楽が宿っているわけでもない
ただ、新しい教訓を得たと自分で分析しているように見えた
「ここを出たら……まず、軍隊に勝とう……」
「そのあとは親……邪魔な奴は倒して、僕が残れば勝ちだ」
手錠の嵌まった手で指を折りながら、計算していく少年
「それで、最後にはミツルギを倒すんだ」
「ほら、そうすれば僕は悪じゃない。勝ったんだから」
「……それは……声がそう言ったの?」
そう、彼らには声が聞こえる
しかし、天使の導きではなく、悪魔の囁きが
「最近はほとんど聞いてないかな……声と僕の思ってること全部一緒なんだもん」
「ハルもおんなじだよね?」
「僕は……ずっと……聞こえてる……うるさいくらい……」
二人の少年に差があるとすれば、ここだったのかもしれない
「ふーん、まあいいや。結局決めたのは僕自身だし、興味ないよ」
「ハルも自分で決めなよ。勝つか負けるか」
「勝つか……負けるか……」
ハルには分からなかった
負けるのは確かに嫌だ
だが、勝利に固執する理由も今のハルにはなかった
楽になるなら別に負けたっていいと思っていた
「そろそろか……次の戦場はどんなとこかな……」
遠くの足音から戦場に繰り出されることを察した少年
影のような物を用いて、鎖に繋がれた手錠を難なく外す
それを使って、ハルの手錠も外した
「ほら、いくよ……ハル」
少年はハルに手を伸ばした
「……分かったよ……サク」
ハルはサクの手を取った
このあと、二人はしばしの別れを経て……
八年後に再会する――
救われた人間と闇に堕ちた悪魔として――
♢♦♢
20XX年4月20日 土曜日 夜――
私、暁灯花は宮藤さんと春先生が婚約者として出席するという夜会に潜入していた
瀬戸君の助けを借りて、彼の相手役として潜入した私は……そこで宮藤さんの痛みを知った
私は……彼女を助けたかった
あのとき、一人ぼっちだった私の手を取って、抱きしめてくれた春先生のように……
今度は私が……誰かの助けになりたかった
宮藤さんは私の手を取ってくれた
仲間として……友達として……彼女や学園のみんなと……私は歩いていくんだ
そう思っていたら、悪意を持って……悪意を悪だと理解しないまま、こちらに迫ってくる人がいた
その人の名前は、九条朔夜
宮藤さんの婚約者を名乗り、彼女を奴隷として飼おうとした……いけ好かない男だ
「教育とは、理解させることにある。相手に勝つための力の行使は悪ではない」
「勝った者が善だ」
「お前……まさか……」
二人はそのまま距離を取った
「お前は……サクなのか……?」
「久しいな……ハル……六年ぶりか……」
そう言って、サクと呼ばれた男は闇の中で不敵に笑った――
「生きていたのか……」
「六年前は余計な横槍があったからな……俺自身の力を証明するいい機会だ」
サクはジャケットを脱ぎ捨てると、左右の拳に力を入れて広げた
すると、拳からそれぞれ鋭利な五本の長い爪が剥き出しになる
「ひっ…………」
宮藤さんが怯えて私に抱きついてきた
「行くぞ……」
サクがそう言うと音もせず、姿が消える
「春先生!うしろ!」
春先生の背後に回り、その背を突き刺そうとする
「ぐっ……せい!」
それを春先生は爪の根本を手で受け止め、背負い投げで受け流した
「………………」
サクは空中でサッと受け身を取り、難なく向き直る
「……ちっ……」
春先生が苦い顔をすると、腕には爪の切り傷が刻まれていた
「あっ……はるせんせ……」
私が駆け寄ろうとすると、サクは手を叩き何かの合図をする
「お呼びですか?教官」
軍服を着た少女が二人現れた
「お姫様たちを迎えてやってくれ、傷つけるなよ?」
「はっ……!」
「ちっ……灯花!風奏!リミッターはもう解除した!この場から逃げろ!」
嘘……あの子たち……私たちを狙って……?
どこに……どこに逃げれば……
怯えて動けない宮藤さんが目に入った
私が動転してる場合じゃない!
「こっち!」
宮藤さんの手を取って、走り出そうとする
しかし、その手の前に軍服を着た少女が現れた
「空なら……!」
炎の翼を顕現させて、空へ飛ぼうとするが
「えっ……」
暗闇でよく見えなかったが、矢のような物がこちらへ飛んでくる
そのまま、私の胸に……刺さるように……
もう……だめ……
そう思って目を瞑ると、なぜか怪我はしていなかった
「無事かい……?全くこんなことに巻き込まれてるなんて……お転婆にもほどがあるよ、君」
「瀬戸君……!」
瀬戸君が水のシールドで矢を弾いてくれたみたいだ
「早乙女先生の管理してるリミッターが外されていたのが気になってね。外に出てみれば、荒事とは……」
瀬戸君が私たち二人を守りながら、敵の少女二人を睨みつけている
「水樹!すまん!応援が来るまで、なんとか持ち堪えてくれ!」
「あれっきりっていう話でしたが……クラスメイトの危機とあってはそうも行きませんね!」
瀬戸君は剣を二人の少女に向けた
「どうやら向こうの男の教え子のようだが……僕は、向こうの先生の教え子でね……」
「どっちの教え子が優秀か……勝負といこうか?」
瀬戸君は剣を向け、二人を煽った
暗闇でよく見えなかったけど、二人の目がなんとなく鋭くなったように思える
「暁!空に飛ばれちゃ、さっきの吹き矢から守れない!なんとか僕の背に!」
「う、うん!わかった!」
何もできない自分が歯痒い
こんなことなら、武道の授業とかとっとけば……
自分の身を守る訓練って言ってもまだ入学して一ヶ月も経ってないし……
「春先生は……」
彼の方に目を向けると、拳と爪で撃ち合っていた
さっきより、春先生の傷が増えてる……
向こうは全然平気みたいだし……
「ハル……異能を無くしてから本当に弱くなったな」
「致し方ない……俺も俺の力を証明させてもらおう……」
「お前は今のお前の力を使うといい……」
「そして、俺は勝つ……勝ち続ける……俺が正しいと世に知らしめるために……!」
「
瞬間、サクに周囲の影が吸い込まれていく
宇宙のブラックホールのように全てを飲み込むような球体のコアが胸にあった
そこから、強靭な生物の身体が形成されていく
前に見た鎧の悪魔じゃない
生き物としての肉と皮を持った正真正銘の悪魔がそこにいた
「悪魔………………」
私はただそう言葉をこぼしていた
春先生も私と同じことを思ったのか、私の言葉を聞いて苦い顔をしている
「ああ……バケモノ……!」
「お母様!はやくこっちに!」
宮藤さんのお母さんが腰を抜かしている
「ちっ……ブラン!」
『時間がありません!急ぎましょう!』
ブランの埋め込まれた左腕のデバイスに触れる
春自身の生体反応を確認したのと同時に、音声認識が始まった
「アクティベート!!」
『Void System, drive on.』
『
『
『
『
『
『
『Void Change――stand by.』
「
『Void Change――complete.』
白いパワードスーツが生成され、身を包む
特殊な布でできた灰色のコートを纏い、その左腕にマフラーのようなものが巻き付いた
マフラーをギュッと強く縛り、本物の悪魔と化したサクを睨みつける
「さあ……六年前の決着だ……」
「俺の力とお前の力……どっちが正しいか……勝負だ」
過去の好敵手が春先生に襲い掛かろうとしていた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます