第3話 小さな雷鳴

――あの夕方のひらめきから、さらに数日。


僕は自室の机の前で、左手を前に出していた。マナをコントロールし、水の通り道を作る。


……いや、普通に水の弾や膜を作ったら目立ちすぎる。敵にバレバレの道なんて、ロマンがない。


必要なのは、肉眼では捉えられないほど細く絞り込んだ、一本の【水の糸】だ。

空間に透明な『導線』を引くイメージ。


……よし、できた。


 普通、僕と同じ年齢の子が水をそこまで精密にコントロールして、透明な細い水路を遠くまで伸ばすのは難しいらしい。


我ながら、嫌みなくらい得意だ。


左手から見えない水の糸を伸ばす。右手に雷のマナを溜める。そっと触れさせる。


バチィッ!


「いっっっった!?」


痛みで涙が出た。椅子から転げ落ちた。

部屋の隅で丸まりながら、僕はノートに震える手で書き留めた。


『水路実験・一回目。成功率:ゼロ。被害:指先中等度の痛み、自尊心じそんしんに軽度の損傷』


研究とはこういうものだ。

 立ち上がって、もう一度やる。



水路実験を繰り返していたある日、我が家に来客があった。


 両親が勤める王都の魔法研究施設から、母の後輩にあたる女性が資料を届けにきたのだ。


「先輩、頼まれていた文献をお持ちしました!」


 元気よく玄関に現れたのは、リナさん。二十五歳。若手研究員らしくいつも少し慌ただしいけれど、素直で感情が顔に出やすいタイプだ。


つまり、とても扱いやすい。


母とリナさんがお茶を飲んでいる隙に、僕は届けられた本の山をそっと覗き込んだ。


あった。今の僕の実験に必要不可欠な知識が詰まっていそうな分厚い本。


 僕は絶好のターゲットであるリナさんのそばへ寄り、書斎の入り口で、少しだけ眉を下げた。必殺の、上目遣いだ。


「ねえ、リナお姉さん。この魔法書、僕に貸してくれないかな?」


リナさんは一瞬、ピタッと動きを止めた。


「っっ……!? か、可愛い……! えっと、ストラ君、どれだ?」


やっぱり効く。僕はそっと口元をにんまりとさせた。


「この『水属性応用理論・第三巻』」


「えっ、そ、それは専門書だぞ? ストラ君にはまだ早いんじゃ――」


「勉強したくて。母さんたちに教わったこと、もっと深く理解したいなー」


少しだけ首を傾け、純粋な向学心をアピールする。

 リナさんは胸を押さえて天を仰いだ。


「……っ! なんて健気なの! お姉さんが特別に貸してあげる! 丁寧に扱ってね!」


「ありがとう、リナお姉さん」


簡単だ。チョロすぎる。

 心の中でガッツポーズを決めた、その時だった。


「ストラ。あなたまた、私の後輩をあざとさで懐柔かいじゅうしようとしてるわね?」


背後から、楽しそうなクスクス笑いが聞こえてきた。

 振り返ると、母が壁に寄りかかってニヤニヤとこちらを見ていた。


「先輩! 違います、ストラ君はただ勉強熱心で……!」


「リナ、あなたは少しこの子の本性を見抜く訓練をした方がいいわ。その笑顔に騙されて、これまでどれだけの人間が都合よく使われてきたか」


 母はローテンションなままで「もう、しょうがないんだから」と呆れ笑いを浮かべ、僕の手から魔導書まどうしょをひょいと取り上げた。


「そもそもこれは、私が施設から借りてきたものよ。リナの権限で勝手に貸し出さないの」


「あぅっ、ごめんなさい……」


「それにストラ。そんな手を使わなくても、本当に読みたいのなら普通に言いなさい。必要な本ならいつでも貸してあげるから」


 ちなみに翌日、試しに同じ困り顔を作って別の本をねだってみたら、母はローテンションな顔のまま、僕の前に分厚い研究書類の束をドンと置いた。


「いいわよ、はいこれ。……あ、その代わり、こっちのデータの書き写し手伝って。研究っていうのはギブアンドテイクだからね」


 ―――そうですよね。タダで貸してくれるほど甘くはなかった。

 僕はあざとい顔を引っ込め、大人しくペンを握って書類の整理を手伝った。



一ヶ月が経った頃、初めて光が飛んだ。


左手の水の道の上を、青白い筋が走った。壁の金属装飾に、着弾した。

 小さな焦げ跡が残る。


「……やったぁっ!」


さすが僕だ。天才かもしれない。


 思わず両手でガッツポーズを作って、小さく叫んだ。

 ……が、喜びのあまり、足元の床にこぼれた水が帯電していたことに気づかなかった。


「うびびびびびびっ!?」


ま、まあ。偉大な研究に、多少の犠牲(セルフ感電)はつきものだ……。


それから数ヶ月、実験の規模が少しずつ大きくなるにつれ、僕の部屋の被害も順調に(?)拡大していった。


二ヶ月目。調子に乗って出力を上げすぎて、再び派手にしびれた。「うびびびびび」


三ヶ月目。手元が狂ってカーテンの端を直撃、あわや大惨事になりかける。


四ヶ月目。椅子の脚にクリーンヒットして黒焦げに。……うん、これは最初からこういうデザインの椅子だったということにしよう。


五ヶ月目。跳ね返った電撃が母さんのお気に入りの花瓶を直撃、粉砕。

――その後、母の笑顔による『一時間の説教&お小遣い保留』の刑に処された。

笑顔のまま、ローテンションで淡々と理詰めにされるのが一番えげつない。


反省はしている。だが研究は止めない。



十三歳の初夏。研究を始めて六ヶ月目に、転機が来た。


 静電気を遠くまで的確に飛ばすために必要な条件は、実はすごくシンプルだったと気づいた。


「均一で綺麗な水の糸」と、「ある程度の静電気の出力」。この二つだ。


 今まで途中で暴発したり消えたりしていたのは、マナの道である水の糸の太さにムラがあったからだ。


道が途中で細くなったり乱れていれば、そこから流したマナが外へ逃げてしまう。


そして、距離を伸ばすには途中で勢いが死なないだけの強い出力が必要になる。


完璧に均一で透明な水の道を作り、そこに十分な量のマナを一気に流し込む。

 やることは単純だ。


「よし」


右手の指先のすぐ外側にマナを集め、激しく振動させる。

 静電気が、いつもより安定している。


水の糸を展開する。

 ゆっくり、ゆっくり。


青白い筋が、水の上を泳んだ。

 部屋の端まで、届いた。


バチッ、と小さく、けれど確かな音を立てて弾ける。


「……ッ、よし……!」


握りしめた拳が、小刻みに震えていた。

 僕はしばらくその焦げ跡をまじまじと見つめた。


それから静かにノートを開いて、書いた。


『統合実験。成功』


誰も見ていない部屋で、一人だけの勝利だった。

 でも構わなかった。


誰も見ていないところで、雷鳴が起こる。

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