第6話 保全部屋

 二階へ続く鉄階段は、踏むたびに嫌な音を立てていた。直人と藤原は半ば無言のまま上へ向かう。途中で藤原がぼそりと言った。


「頼むから、ただのゴミ置き場であってくれ」


「さっきまで完全に当たり引いた顔してましたよ」


「いや、ここまで来ると逆に怖ぇんだよ」


 工場長が古い扉を開けた瞬間、藤原の動きが止まった。


「……おい」


 保全部屋だった。


 壁一面の棚。型番ラベル付きの段ボール。未開封箱。雑に積まれているのではなく、長年きちんと管理されてきた空気が残っている。古い空調まで生きていた。


 直人は近くの箱を持ち上げた。


「未使用ですね」


 封印テープ付き。さらに隣には通信ユニット、I/O、電源、CPU。全部、既に製造終了した世代だった。


 藤原が乾いた笑いを漏らす。


「ヤバいなこれ」


「そんなにですか」


「そんなにだよ。箱付き未使用なんて、今の市場じゃまず出ねぇ」


 工場長は不思議そうだった。


「そんな珍しいんです?」


「更新できない工場、多いんですよ」


 藤原は平静を装っていたが、目が完全に商売人のそれになっていた。


 棚の奥で、藤原がさらに足を止める。


「……神谷、これ見ろ」


 大型制御ユニットが並んでいた。しかも複数。


「これ残ってるのかよ……」


 藤原が本気で呆れている。


「知ってる奴なら飛んで来るレベルだ」


 直人は少しずつ理解し始めていた。この世界は一般人の感覚と金額が違う。古く、誰も知らない。だが止まれば工場全体が死ぬ。だから必要な相手は何百万でも払う。


 その時、奥の棚で直人の視線が止まった。


 黒いハードケース。


「……これ」


 工場用ノートPCだった。まだ管理タグが付いている。


 藤原が覗き込む。


「保守用か?」


「多分」


 直人はケースを開いた。中には業務ノートPC、USBシリアル変換ケーブル、通信アダプタ。そしてバックアップメディア。


 藤原の声が低くなる。


「おい、それ……」


 ライン設定データ。


 工場によっては、それ自体が生命線だった。失えば復旧不能になるケースすらある。


 工場長は軽く言った。


「それも処分予定ですね」


 藤原が即座に答える。


「全部まとめます」


「助かりますよ。撤去費だけでも結構して」


「ちなみに他にも保全部屋あります?」


「隣にも少し」


 藤原が天井を見上げる。


「神谷」


「はい」


「今日寝れねぇぞこれ」


 直人は苦笑した。


 数日前まで、止まったスマホを抱えて暗い部屋にいた。それが今は、工場の保守資産を掘り当てている。


 世界が急激に変わりすぎていた。


 その時、内ポケットが微かに震えた。


 直人は廊下へ出て黒いノートを開く。


『保守PCを確保しろ』


『中身を見ろ』


 さらに下。


『次は工場ではない』


 直人の眉が動く。


 そして最後に、新しい文字が浮かぶ。


『港』


 直人はゆっくり息を吐いた。


 まだ終わらない。


 黒いノートは、次も知っている。


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