42話「お友達です」(再)

【凛子視点】

 空き教室から自分たちの教室へと戻る。


 中に入った途端、待ってましたとばかりにクラスメイトたちが色々と聞き出そうと群がってきた。でも、いつも通り私には誰も寄り付かない。

 少し離れたところから見ていると、星川さん、青山さん、椿さんの三人も大丈夫そうだった。どうやら、藤川くんも上手く彼女たちを「被害者側」に誘導してくれているらしい。


 藤川くん自身は今回の件で100%被害者なわけだし、何より普段から真面目で通っているスポーツマンの彼の言葉には、絶大な説得力がある。クラスメイトたちも、すんなりとその話を信じているようだった。

 結局、その後担任の先生が少しだけ顔を見せに来たものの、残りの時間はすべて自習ということになった。

 静かになった教室。


 すると、私の耳に女子たちのヒソヒソ話が飛び込んできた。

「ねえ、灰原くんってなんで急にあんなに変わったの?」

「分かんないけど、さっきの灰原くん、めっちゃカッコよかったよね?」


「星川さんと付き合ってるって噂、あれデマらしいよ」

「そうなんだ! じゃあ……ちょっと放課後、声かけてみようよ?」

 急にカッコよくなって気になり始めた派と、カッコいいのは知っていたけど星川さんに遠慮していた派が、ここにきて同時に誕生してしまった。

 マズい。非常にマズい……。

 どうしよう。そりゃ、あんなにカッコよくイメチェンして、修羅場のど真ん中で決定的な証拠を叩きつけてたら、みんな惹かれちゃうに決まってる。

 キーンコーン、カーンコーン……。

 授業終わりのチャイムが鳴った。


(よし、もう今しかない!)


 チャイムと同時に、私はガタッと席を立ち上がる。そして、人生で一番の勇気を振り絞り、窓側の席に座る彼に向かって、まっすぐに声をかけた。

「朔くん、一緒に帰ろ?」

 不意打ちに驚いた顔をした朔くんと、バッチリ目が合う。

 私がニッコリと笑いかけると、彼も優しく微笑み返してくれた。

「もちろん、凛子さん」

 その瞬間。

 一瞬だけ教室が水を打ったように静まり返り――直後、どっと凄まじいざわめきが巻き起こった。

「えっ!? 灰原くんと月ヶ瀬さん、そういう関係なの!?」

「マジかよ、星川から月ヶ瀬って……どんだけ羨ましいんだよ!」

「月ヶ瀬って男なんて興味ないんじゃなかったのかよ。今まで二十人以上は振られてるぞ?」

「えー、最初から私たちにチャンスないじゃん……」


​ 的はずれなものも含めて、クラスメイトたちの悲鳴に近い声が飛び交う。

 そんな騒ぎの中を、朔くんが私の方へ近づいて来る。

「お前ら、やっぱり付き合ってんだろ?」

 ニヤニヤと笑う藤川くんに、私は朔くんには聞こえないように、小さく唇を動かした。


​「ふふっ、秘密だよ?」

 それから、隣に並んだ彼を愛おしい気持ちで見上げる。

「行こ? 朔くん」

「そうだね」

 私たちはざわめきの収まらない教室を背にして、二人一緒に廊下へと歩き出した。



 学校を出て向かった先は、あの日と同じ、こぢんまりとした老舗の和菓子店。

​ 

​「今日も、白玉ぜんざいと宇治抹茶金時?」


「かき氷は、朔くんの好きなのでいいよ?」


「この前美味しかったから、また宇治抹茶金時食べたいかな」


「やった!」

 少しして、割烹着姿の女将さんがお盆に乗せた甘味を運んできた。


 あの日と同じ光景だけど、一つだけ違うことがある。女将さんは、見違えるようにカッコよくなった目の前の彼を見て、目を丸くした。

「おや、お友達、随分と男前になって。今回は彼氏かい?」


「お友達です」

(早く「恋人です」って言いたいな……)


 内心のドキドキを悟られないよう、必死に平常心を装う。

「そうかい。じゃあ二人とも、ごゆっくりね」


「「ありがとうございます」」

 女将さんが奥へと戻り、私たちはまた、かき氷とぜんざいをシェアし始めた。二つのスプーンによって、山盛りのかき氷がまるで棒倒しのように両側から削られていく。


 冷たい氷と温かいぜんざいを交互に楽しみながら、私はふと、気になっていたことを口にした。

「朔くんは優しいね? あそこで音声データを暴露して、星川さんたちを助けたんでしょ?」


「へっ?」


​ 私の言葉に、朔くんはキョトンとした顔をした。

「いや、凛子さんが徹底的に一条由夏を潰そうとしてたから、流しただけだけど……」


「えっ? そうなの?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。


 ……私、さっき空き教室で星川さんに、すっごく偉そうに朔くんの優しさを語っちゃったけど。


(まあ、結果オーライだし、いっかな)


​ 心の中でそっと蓋をして、目の前のかき氷に視線を戻した。

「今回も、てっぺんのチェリー落とした方が奢り?」


「そうだね、今日は負けないんだから」

 私が自信満々に答えると、朔くんはくすりと笑った。

「それはどうかな? ――あっ……落ちた」


「えっ?」

 彼がスプーンを入れた瞬間、てっぺんのチェリーがコロリと転がり落ちた。

(いやいや、まだ全然そんなバランス崩れるタイミングじゃなかったよね?)


 どう見てもわざと落としたとしか思えない挙動。でも、当の朔くんはものすごく嬉しそうに笑っている。

 ……あれ? ひょっとして、あの時私がわざと負けたの、バレてる?


 あの日、私は朝活に誘うのに失敗してもまた彼に会えるように、勝負を挑んだ。でも、さすがに傷付いた彼に負けさせるわけにはいかない。優しい彼なら、私が負けても「自分が払う」と言うはず。そしたら次の約束が出来る。そう踏んで、わざとチェリーを落としてみせたのだ。


 彼はあの時の私の意図に気づいて、今日、同じように不器用な駆け引きを仕返してくれたのだろうか。

「次は負けないからね」

 わざとらしく悔しがる朔くんに、私の胸の奥がじんわりと温かくなる。

「ふふっ、私が次も勝つよ」


 お互いに理由を作って、「次」を約束できる。


(こういうのって、ホントいいな)

 私は心からの笑顔で、溶けかけたかき氷を口に運んだ時。


 ふいに、テーブルの端に置いてあった朔くんのスマホがブブッと震えた。


 通知に目を落とした朔くんが、「はぁ……?」とあからさまに嫌そうな顔をする。

「どうしたの?」


「いや……」

 深い深いため息をつきながら、彼がスマホの画面を私に見せてきた。そこには、妹の楓ちゃんからのメッセージが表示されていた。


『さく兄、今日友達三人泊まりに来るから上手いことよろしく!』


「上手いことってなんだよ……」


「楓ちゃんの友達って、女の子だよね?」


「だろうね。はぁ……憂鬱だ」

 心底面倒くさそうに肩を落とす朔くん。


 でも、それを見た私の心の中では、けたたましい警報がガンガンと鳴り響いていた。

(いやいや、ダメダメ、ダメでしょ!)

 イケメンに生まれ変わったばかりの無防備な彼を、女子三人の群れに放り込むなんて危険すぎる。


 私の頭の中に、最悪の映像が瞬時に組み上がっていく。

 自宅のソファに座らされた朔くん。そしてその左右と後ろから、羽根とシッポが生えた三人のサキュバスが、彼にべったりと密着して甘い声をかけている映像が――!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る