第14話「視線の理由」

 実習、三日目。


 朝。


 いつも通りの病棟。


 ラーナは、いつも通り動いていた。


 迷いなく。


 無駄なく。



(……違う)



 ほんのわずか。


 思考が、引っかかる。


 視線が、勝手に動く。


 止めたはずなのに。


 レオ。



(……なんで)



 自分でも分からない。



(邪魔なのに)


(……違う)


(邪魔じゃなかった)


(……最悪)



 小さく息を吐く。





 午前。


 バタつく処置。



「ガーゼ!」


「はい」



 ラーナが動く。


 同時に。


 レオも動く。


 一瞬。


 手が重なる。



「……」



 触れるか、触れないかの距離。


 レオは、離れない。


 ほんの一瞬だけ。


 離さない。


 ほんの一拍だけ、レオが主導権を握る。


 ラーナが、わずかに眉を寄せる。


 次の瞬間。



「どうぞ」



 ようやく譲る。


 何事もなかったみたいに。



(……わざと)



 ラーナの中で、確信に変わる。


 処置に戻る。


 でも。


 集中が、わずかに乱れる。



(最悪)





 処置後。


 ラーナが次の準備に入る。



「そこ」



 横から。


 レオ。


 距離が、近い。



「さっきのやり方でもいいけど」



 一拍。



「こっちの方が早いよ」



 自然に、手を添える。


 触れてはいない。


 でも。


 近い。


 逃げ場がない。


 ラーナの手が、一瞬止まる。



「……分かってる」



 低く返す。



「ほんと?」



 すぐ返す。


 距離は、そのまま。



「じゃあなんで、さっき詰まったの」



 刺す。


 逃げ道を潰す。


 ラーナが、ゆっくり視線を上げる。


 真正面。



「……関係ない」



 短く。


 でも。


 否定しきれていない。


 レオが、少しだけ笑う。



「あるでしょ」



 一歩、さらに詰める。



「俺のせい」



 言い切る。


 一瞬。


 ラーナの呼吸が止まる。



(……何言ってるの)



 でも。


 否定できない。


 それを、分かってる顔。


 レオの目が、わずかに細くなる。



「ねえ」



 低く。



「ちゃんと見て」


「目、逸らさないで」



 逃がさない。


 ラーナの視線が、外せない。


 数秒。


 空気が止まる。


 先に逸らしたのは。


 ラーナだった。



「……仕事中」



 それだけ。


 でも。


 完全に逃げた。


 レオが、小さく笑う。



(いいね)


(崩れてる)





 昼。


 廊下の端。


 ラーナが一人でいる。



「逃げるの早くない?」



 横から。


 レオ。



「……逃げてない」


「いや逃げてた」



 即答。


 一歩、近づく。



「さっきも」


「今も」



 距離が、近い。


 ラーナは逸らさない。



「……何がしたいの」



 低く。


 レオが、ほんの少しだけ考える。


 そして。



「崩したい」



 自分でも、理由ははっきりしない。


 でも。


 止める気はない。


 ラーナの目が、揺れる。



「……は?」


「その顔」



 指さすみたいに。



「ずっと同じじゃん」



 一歩、さらに近づく。



「崩したい」



 低く。


 真っ直ぐ。


 ラーナは、動けない。


 言葉が出ない。


 その隙を。


 レオは逃さない。



「あと」


「俺のこと、ちゃんと見させる」



 断言。


 逃げ道なし。


 沈黙。


 数秒。


 ラーナが、ようやく息を吐く。



「……勝手にすれば」



 突き放す。


 でも。


 拒絶ではない。


 レオが、ほんの少しだけ笑う。



(許可もらった)



 勝手にそう解釈する。


 一方で。


 ラーナは、その場に残る。


 動けないまま。



(……なんで)



 胸の奥が、ざわつく。



(……意味わかんない)



 でも。


 視線は、もう。


 無意識に。


 あいつを探している。


 逸らせない。



(……最悪)



 小さく呟く。


 その顔は。


 ほんの少しだけ。


 崩れ始めていた。

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