第7話

 この世界はどうやら俺の歳でもお酒を飲めるらしい。

 女の子達の軍勢に捕まった俺は誘われるがままに共に食事をし、勧められるがままにお酒を口にした。お酒というのは俺の口にはなかなか合わない物で、最初は吐く思いだったが、飲んでいくうちに慣れていきいつの間にか味わい深いものへと変わっていた。

 美少女にお酌をさせて、これまた違う美少女の腰に腕を回して酒を一気に飲み干し、テーブルにジョッキを打ちつける。美少女達の驚嘆の声で興がのりさらに飲んでは流行りの芸人の一発芸かまし さらに飲んでは腹踊りをかまし、更に飲んではパンイチで裸踊りをし、そして吐いた。それでも俺は飲み続け、気づけば周りに誰もいなかった。時折メイドさんがビールの追加と俺の吐いたゲロを掃除しにくるくらいだ。


「くしょ!どいつもぉこいちゅもぉよー」


 俺は呂律が回らない舌で悪態をついた。

 モップを持った赤毛のメイドさんがやってきて、つまみの入っていた食器を片付けようとする。


「ねぇねぇ、おねえしゃん相手してヨォ」


 酔っ払い全開のウザ絡みをメイドさんにする。


「仕事がありますので…」


 メイドさんは一礼して食堂を出ていった。俺は「慰めて欲しいだけなのに」とぼやいてテーブルに項垂れた。まぶたがトロンっと重くなった所で誰かが食堂の扉を勢いよく開き、俺の眠気も飛んだ。

 トオルとセキジ、それから白髪のお姫様エリザベスさんが入ってくる。ミタヒトがどこに行ったのか?何故エリザベスさんが居るのか?今の俺にはどうでもいいことだった。


「ユー!こんなところにいたのか!て、なんだお前酒臭いぞ。まさか飲んだのか?」


 近づいて来たトオルがアルコール臭に顔をしかめた。俺は顔を上げ空のジョッキを掲げた。


「トオルも一緒にのんべぇ!」

「飲む訳ないだろ。お前、酒なんて飲んでたらいつか取り返しのつかない過ちをおかすぞ。俺は分かったんだ。セキジが教えてくれた。家紋が刻まれる条件。それは性こう───」

「しょんなの聞きたくない!!」


 俺は叫んだ。


「お前、そんな事言ってる場合じゃないだろ!唯一の帰る手段をみすみす手放すっていうのか?いいからよく聞け」

「アーーーーーーーーーーーーー!!!」


 俺は耳を塞いで子供の癇癪かんしゃくの様に大きな声を出した。


「お前そんなガキみたいなことするんじゃねぇ!帰りたくねぇのかよ!」


 後ろでずっと見守っていたセキジがトオルの肩に手を置いた。


「彼はもう気づいてるんじゃあないかな?」

「そうなのかユー?」


 俺は何も答えなかった。代わりに酒を飲もうとジョッキをグイッと傾けたが、中は空で悲しくなった。


「俺達はエリザベスさんの所でお世話になる。お前も来ないか?許可はもらってる」


 間を置いてトオルが言った。俺は「行かない。ここにいる」と即答した。「本当か?」と確認してくるトオルに俺は「早く行け」と冷たくあしらった。


「分かったよ。この寮を出て真っ直ぐ行った所に専用の別邸が有るから、来れたら来い。後、ミタヒトが捕まった。俺たちの方でも探すが、一応お前にも伝えとく。明日も来るよ。くれぐれも過ちはおかすなよ」


 トオル達が出ていき、その数秒後俺はテーブルに突っ伏して眠りについた。

 


 ───誰かが俺にブランケットをかけてくれた。


「母さん…?」


 微睡の中で俺は呟いた。自然と涙がこぼれ出ていた。誰かは俺の背中を叩き、聞き覚えのある歌を歌った。

 虚なまま聴いているせいで何の歌か思い出せないけど懐かしい気分だった。酔いがこの心地よい夢を見せてくれているのなら、明日もたくさん酒を飲もう。そして俺は深い眠りについた。

 それから俺は酒を飲みまくった。何日経ったのかは分からない。最初の頃は相手にしてくれていた女の子達も、ゲーゲー吐く俺を見かねた一切相手をしてくれなくなった。

 トオル達が何度も訪ねてくれたが、深く酔っていて何を言ってるか分かんなかったし、早く眠りたかったのでいつも適当にあしらっていた。

 眠りにつけばいつも誰かが俺にブランケットをかけてくれた。赤子を抱く母の様に背中を優しく叩いてくれ、時には手を握ってもくれる。語りかける様な歌で毎晩、微睡の中ですすり泣く俺を寝かしつけてくれた。

 ある日、俺はその人を幻滅させたくなくて風呂に入ることにした。もう何日も入ってないから、髪が脂でギトギトだ。

 深夜、大きな共同浴場に一人入る。千鳥足ちどりあしで足を滑らせて何度も転んだ。蛇口を捻ると思った以上に熱いお湯が出てきたが酔い覚ましに丁度いいと浴びた。浴びていると頭がぐるぐると回り始めて俺は意識を失った。



 ───歌が聞こえた。いつも聞く歌だ。「ねんねんころり」と綺麗な歌声で誰かが俺の手を握って歌っている。リズムに合わせてその人は俺の手の甲を優しく叩く。

 そうだ。これは子守唄だ。母さんに小さい時よく歌ってもらっていた。たまに父さんも歌ってくれていた。両親が歌うのは俺の名前を歌詞に入れたアレンジ子守唄だった。

 今歌ってくれている人は違う。ちゃんとした歌詞で歌ってくれている。それがなんだかとても寂しく感じた。


「ユー」


 無意識だった。半分意識は夢の中。だけど俺は自分の名前を寝言のように呟いていた。

 その人は一泊間を置き「ユーちゃんは良い子だ」と両親が歌ってくれていた替え歌を歌ってくれた。この異世界に来て心から気持ちよく寝れたような気がした。



 目覚めれば知らない部屋、知らないベットで俺は横になっていた。ベットのかたわらには椅子が置かれていて、その上には綺麗に畳まれた俺の学ランが。

 誰かが俺に親切にしてくれている。酒の幻でも何でもない。その人のおかげで俺は大切なものを思い出した。

 彼女が何だ。俺には家族がいる。ここで腐っていたら一生家族に会えない。【帰還】の能力者を探すんだ。でも、その前にやらないといけない事がある。

 俺は学ランの袖に腕を通し、決意を胸にしまうように第一ボタンをしっかりと閉めた。

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