第5話

 待ち合わせの部室前に着いた。勝手に入っていいか分からず数分ほど棒立ちで待っていたが、じれったくなったのかトオルが唐突に扉を開けて部屋に入って行った。俺とミタヒトも後に続いた。俺達三人以外部室には誰もいなかった。俺達は何も話さず、誰かが来るのを部屋の中で待つことにした。

 この一週間、結局メイとは会えずじまいだった。今日会ったら俺がメイを思って一切女の子を寄せ付けなかった事を報告しよう。

 程なくして、一人の男子生徒がやってきた。隣クラスの子でどこぞの文豪並みに寝癖が凄まじい子だ。その子は入ってきた瞬間、フレンドリーに俺達にヨッと手を上げてきた。俺達は会釈で返した。

 更に数分ほど待ち、佐藤ゴロウと言う初日ここで帰る方法を教えてくれると約束してくれた男と共に女子一同が入ってきた。ゾロゾロと入ってくる最後尾にメイはいた。いつもポーニーテールにしている後ろ髪を下ろしていて、不思議な魅力を感じた。俺はすぐにメイに駆け寄った。


「久しぶりだな!元気にしてたか!」

「あ…ユー。まぁまぁ元気だったよ…」


 メイは言葉とは裏腹に元気があるようには見えなかった。俺と目を合わせずずっと俯いていた。


「なんかあったのか?」


 俺が覗き込むようにして、メイの目を見ようとするとメイは「何も」と言ってすぐに顔を背けた。その時、背け様に髪の隙間から赤い痣のようなものが首の横にあるのを視認できた。痣というには形があまりにもハッキリしている。まるで翼のような…。


「メイ、首のところのもしかして痣か?」


 メイは慌てて首の痣があった箇所を手で押さえた。


「ち、ちがっ!痣とかじゃないから!気にしないで!」


 メイの様子に俺は暴力を受けているのでは?と疑った。女子グループの一部がクスクスと笑っているような気がするし、佐藤さんも薄ら笑いを浮かべている。


「メイ何かあったのか?何かあったなら──」


 俺の発言を遮るように誰かが俺の肩に腕を回した。


「まぁまぁ、怖がらせちゃってるじゃあないか」


 俺の肩に腕を回して男はさっきフレンドリーに挨拶してくれた寝癖がすごい男子生徒だった。


「いや、怖がらせてるつもりはない。心配してるんだ」

「いやはや、こういうのは相手側がどう思うかじゃあないかい?一旦冷静になる為に私とお喋りといこう。君のお友達も含めてまずは自己紹介をしてくれたまえ」


 気取った調子で男子生徒は言った。

 俺はメイを見た。メイは震えており確かに怯えているように見えなくもない。俺のせいとは思わない。多分この一週間で何かがあったのが原因だ。無理に聞き出しても彼の言う通り良くないし、一回冷静になって後で優しく聞こう。きっと頼ってくれるはずだ。

 俺は男子生徒と一緒にトオル達の元まで戻った。男子生徒はスッと手を差し出し


「私は藤堂セキジ。セキジと呼んでくれて構わないよ」


 と言った。代表して俺が握手し自己紹介しようとしたその時、部室の扉が開き、初日俺達を寮まで案内した女の人、ミントさんと男子生徒五人が入ってきた。


「揃ったか。一週間いかがお過ごしかな?結構楽しめたんじゃないか?」


 佐藤さんが口を開いた。


「いいから早く帰せよ」


 パンツギャルが言った。スカート丈は長くなっており、見えそうなパンツはもう面影もない。もはやパンツ呼びはいささか失礼である。というかパンツが見えそうでもパンツ呼びは失礼だ。


「本当にいいのか?一緒に居たい人が居るんじゃないか?」


 佐藤さんが言うと、パンツギャルは自分の二の腕のあたりを摩った。


「アンタには関係ないだろ。いいから早くしろ」

「仕方がない。ただ、私達は帰る方法を教えるだけで君達を向こうの世界に帰せるわけじゃない」

「じゃあ、それを早く教えろ」


 パンツギャルの間を置かない催促に、佐藤さんは面倒臭そうに後ろ頭を掻いた。


「帰る方法だが、三十年前、私と一緒に召喚された【帰還】の能力者に能力を使ってもらうしかない。ちなみに彼が今何処にいるか分からないし生きているのかも分からない」


 俺達はみんな言葉を失った。怒りっぽいパンツギャルですら何も言えない様子だった。

 つまり、実質俺達は帰れない?もうここで生活していくしかないのか?そんなことはないはずだ。


「可能性がゼロって訳じゃないんですね」


 俺は声を絞り出した。


「そうだな。まるっきりゼロってこともない。彼が子供を残しているかもしれないし、可能性は結構あるかもな。だが、この方法じゃ帰れない者も居る。はっきり言おうその者達はもう帰ることは出来ない」

「どういうことですか?」


 俺は額に脂汗を浮かべて聞いた。佐藤さんが薄ら笑いを浮かべて俺を見据える。

 頬に汗が伝った。


「君は全身を見なくてもわかる。帰る条件を満たしている」


 俺は安堵したが、すぐにメイやトオル達のことを心配した。


「条件ってなんですか?」

「子供は親の元に帰る。しかし、いずれは家庭を持ち、帰るべき場所が新しく変わる」

「結婚が帰れない条件ってことですか?」


 佐藤さんのもったいぶった言い回しに俺はすぐに結論を答えた。が、佐藤さんは天井向いて笑った。


「いや、すまんすまん。あまりにも純粋でな。もっと簡潔に言おう。痣がある子はもう帰れない」


 痣…そういえばメイの首に痣があった筈。俺はメイを見た。メイは顔面蒼白で首に手を当てていた。というか、女子グループの大半は顔面蒼白で震えていた。


「あの…僕、小さい頃からお尻に大きな痣があるんですけど帰れないんですか?」


 瞳に涙を浮かべたミタヒトが小さく手を挙げて聞いていた。


「いや、それは関係ない。痣という言い方が悪かったな。家紋だよ」

「かもん?」


 ミタヒトは意味がわからなそうに首を捻った。俺も意味が分からなかった。トオルも分かってなさそうだったが、セキジ君は顎を触りながらミントさんに連れられた男子グループを見ていた。男子グループも女子グループ同様、顔が真っ青だった。飯田君なんかは頭を抱えていた。


「お前!だから一週間も時間をもうけたんだな!このゲス野郎!」


 金髪ギャルが叫んだ。


「軽い気持ちで手を出した君達が悪い。自業自得さ。むしろ選択肢が消えて良かったんじゃないか?存分に愛し合うといい。あぁ、自暴自棄になって不貞行為を働くのはやめとくんだぞ。君達の相手は上位貴族だ。極刑は免れない」


 金髪ギャルはパンチでも喰らったように後退りした。極刑という言葉は俺達日本人を黙らせるには適した言葉だった。

 佐藤さんは愉快そうに微笑んだ。初日会った時は物腰が低そうなおじさんだったのに今は何処か圧を感じる。


「どうせ家紋がなくても帰ることなんてできやしない。観念してここで暮らすんだな。君達にはそろそろ学校に通ってもらう。どうしても帰りたいならそこで魔法を学び帰る方法を自分たちで見つけるんだ」


 言い終わるや否やこれ以上話はないと言わんばかりに佐藤さんは部室を出て行った。

 皆が失意の中、俺はメイに聞かなければいけない事がある。佐藤さんが言っていた事をあんまり考えずに俺は「メイ!」と名前を呼んだ。メイは体を震わせると、まるで魔法のように一瞬にしてその場から姿を消した。

 何が起こったのか?俺はメイの名前を呼び続けた。外に出て大声で叫んだ。しかし、メイは出てこない。

 この世界には能力と魔法がある。誰かがメイを連れ出しのか?それともメイが能力ないしは魔法を使って俺から逃げたのか?

 俺はその場で膝をついた。佐藤さんが言ったことを考えないようにしていたが、頭の中でいろんな言葉が飛び交った。

 新しき帰る場所、痣、家紋、軽い気持ちで手を出す、これらが何を意味するのか考えてはならないと必死に理性が呼びかけたが、頭は勝手に考えを巡らせた。

 メイの首の横にあった痣、あれがまさか家紋?飯田君の胸にあった刺青もまさか家紋?メイの首と飯田君の胸に何故家紋が?家紋はどうやったら体に刻まれるというんだ?何故メイは俺から逃げた?

 頭を押さえ俺はその場にへたり込んだ。

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