第16話 倉庫破壊事件の真相
先日の噂は一度沈静化したが、今度は別の噂だ。そして――
「今度の噂は事実なのが厄介ですね……」
現在流れているのは、俺が貴族の倉庫を破壊したという噂だ。
これが事実無根なら否定するが、実際に過去に起こした出来事なので否定できない。
「事実なんだし、認めて謝罪するか?」
「いったい誰に謝罪するのですか? 当事者同士で解決済みという話でしたよね?」
「うっ……。そうだった」
この話は10年前に相手の貴族に謝罪していて、賠償金も支払い済みだ。
噂を認めるのは構わないが、それだけで鎮まるだろうか。
「認めたところで火に油を注ぐだけとちゃうか? 真実を調べもせんと右から左へ拡散する連中に餌をやらんでもええやろ」
「ノエル?」
フィーナが怪訝な顔でノエルを見つめる。
この噂が出てきてから、ノエルはずっと機嫌が悪い。
出会ってからの10年間で一番怒っているのではないかというほどだ。
「となると、ほとぼりが冷めるのを待つしかないか……」
説明せずに逃げるようで不本意だが、他に良い方法も思い浮かばなかった。
それから数日間様子を見たが、噂が鎮まる様子はない。
住民たちは静観してくれているが、旅人の数は明らかに減った。
「お店に来た旅人さんによると、王都はその噂で持ち切りだそうです。お相手の貴族も『解決済みだから余計な噂を流すな』と火消しに当たってくれているそうですが、効果が無いみたいで……」
「エルシア、教えてくれてありがとう」
当事者、それも被害者がそう言っても収まらないとなると、本当にどうしようもない。
「クライム様は本当に倉庫を壊したのですか?」
フィーナが怪訝な目を向けてくるが、俺が壊したことに間違いない。
「ああ。本当だ」
「あなたがそのようなことをしたとは思えません。何かやむを得ない事情があったとか?」
フィーナの隣に座るノエルがビクッと肩を震わせる。
「何もないよ。当時は幼かったから、善悪の区別が付かなかったんだ」
フィーナはなおも疑っている様子だったが、結局その場は解散となった。
夜の政庁。フィーナたちは既に帰宅し、政務室には俺一人だけが残っている。
「さて、どうしたもんかな……」
今、考えているのは俺の噂のこと、そして最近ずっと不機嫌なノエルのことだ。
タイミングを考えると、ノエルが怒っているのは俺の噂が広まったのがきっかけだろう。
最初は俺の悪評が広まることに腹を立てているのかと思ったが、どうも違う気がする。
時折もどかしそうにしていて、彼女も何かを抱えているように見えた。
――コンコン
扉が少し控えめにノックされる。こんな時間に誰だろうか?
「はい、どうぞ」
俺が答えると、部屋の扉がゆっくりと開く。
「こ、こんばんわ」
恐る恐る、といった様子で入ってきたのはノエルだった。
「どうぞ。お口に合えば良いけど」
紅茶を淹れてノエルに出す。フィーナほど上手ではないが、今は我慢してもらおう。
「あ、ありがと」
そう言いながらも手を付ける様子はない。
彼女はやや緊張しているのか、表情がこわばっている。
俺は紅茶を少しだけ飲むと、さっそく用件を尋ねることにした。
「それで、こんな夜更けにどうしたの?」
「ええと……」
ノエルはいつもと違って歯切れが悪い。一体どうしたんだろう?
彼女はどこか迷っている様子だったが、やがて決心したのか、ゆっくりと話し始めた。
「なあ、貴族の倉庫を壊したって話、詳しく聞かせてくれへん?」
「良いけど、流れている噂の通りだぞ?」
俺はそう前置きすると、以前フィーナに話したのと同じ内容をノエルに話した。
――この話をしたのはノエルが二人目だな。
ノエルに話した後、そんなことを考えながら彼女の言葉を待つ。
「それだけか?」
「えっ?」
「ほんまにそれだけなんか?」
「ノエル?」
何故だろう、彼女は俺が倉庫を壊した
ノエルの目はじっと俺を見据えていて、話すまで解放してくれなさそうだ。
俺は一つ溜息をつくと、あの日の真相をゆっくりと話し始めた。
「10年前のある暑い日のことだ。散歩中に貴族の屋敷の近くを通りかかったところ、敷地内から小さな声が聞こえてきた。気になって中に入ると、声は倉庫の中から聞こえてきていた。その声の主は何かの拍子に倉庫に入ったところ、閉じ込められてしまったんだと思う」
倉庫の中から聞こえた、あの衰弱しきった声を思い出す。
その声は掠れていて、閉じ込められた人物が死んでしまうのではないかと焦ったことを覚えている。
本当はこの時点で屋敷に住む貴族か、周囲の大人を頼るべきだったのだが、当時はそのことに思い至らなかった。
「俺はどこかから斧を見つけてきて、何度も打ち付けて扉を破壊した。少しでも遅れると中の人が死んでしまうのではないかと思って必死だった」
これも、今思うと危険な行為だ。
中にいる人が扉にもたれかかっていたら、俺がその人を殺してしまうところだった。
「扉を壊した俺は、閉じ込められていた人を助け出した。同い年ぐらいの、平民の子供だった」
そう、屋敷の子供ではない上に平民だったのだ。
「騒ぎに気付いた大人たちがやってきて、子供は街の医者に運ばれていった。俺は倉庫を壊した犯人だからついて行くことは出来ず、あの子が助かったのかどうかさえ分からない」
その後名乗り出てこなかったことを考えると、助からなかったのかもしれない。
いつしかそう思うようになり、やがてその子のことを忘れていった。
「倉庫の持ち主は『平民ごときのためにうちの倉庫を壊すとは何事だ!』とカンカンだった。同じことを両親にも言われたよ」
そのくらい、この国では貴族と平民の格差は大きい。
だが、俺は子供を助けたことを誇りに思っているし、あの時に戻ったとしても助ける選択をするだろう。
「俺は両親の言いつけで謹慎の身となった。まあ、当然のことだろうな」
「そう、やったんや……」
それまで黙って俺の話を聞いていたノエルが、消え入りそうな声でつぶやく。
普段と全く違う態度を見て、ある仮説が浮かんできた。
「なあ、あの時の子供って、もしかしてノエルだったのか?」
俺がそう尋ねると、ノエルは小さく頷いた。
――そうか、あの子は無事だったんだな。
ずっと抱えていた疑問が氷解し、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「今まで言い出せなくてごめん。ウチの命を救ってくれて本当にありがとう」
ノエルが深々と頭を下げる。
彼女もずっと抱え込んでいたのだろう。目から大粒の涙が次々と溢れてくる。
俺はノエルが泣き止むまで、彼女の背中を優しくさすり続けるのだった。
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