本作は物語へ長いタイトルをつけることを筆者が好まない理由を述べたエッセイです。
自身が比較的短いタイトルを選ぶ理由から語り始め、物語に求めているものまでを示してくれます。
映画の選び方や鑑賞し終わった後に残る感覚の話を通じて語られるのは、筆者自身の創作の手法です。
〝理解〟よりも〝余韻〟を大切にする姿勢。
作品を読む前に説明したいのではなく、読み終わった後に残したい感覚があるという筆者の創作のあり方です。
つまり、筆者のタイトル論はそのまま、創作論へと通じるのです。
例示として、筆者は自作のタイトルをあえて長いタイトルに変換して見せています。
この試みは、長くて説明をするタイトルによって失われる物語が持つ〝説明されていない感触〟を教えてくれるのです。
そこにあるのは、言うに言われない気持ち。
まだ名前のない感情。
一瞬しか現れない余情。
言葉になる前の余白。
わかりやすさと引き換えに失う様々な感覚たちを本作は教えてくれます。
そして、この感覚こそが大切だと読む者にはわかるはずです。
すでに名前のあるの感情や感覚ならそう書けば済むのです。
一言で書くことができない感覚を書こうするから、幾つもの言葉を費やして物語を書くのです。
本作は物語の本質に迫る優れたエッセイです。
読む側と書く側のどちらの方にも、読むべき値打ちがある作品だと思います。
だから、お勧めします。
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