剣道と勉強に打ち込みながらも、どこか心が満たされない小学六年生のアキヒト。
厳格な両親のもとで、勝つこと、満点を取ること、強くあることを求められてきた彼が、山奥で暮らす祖父のもとに預けられるところから、物語は大きく動き出します。
まず面白いのは、祖父の存在感です。
最初はとにかく厳しく、昔気質で、近寄りがたい人物に見えます。けれど、読み進めるほどに、その厳しさの奥にある優しさや、人間としての大きさが見えてくる。剣道の達人としての格好良さだけでなく、日々の暮らし方、言葉の選び方、そしてアキヒトへの向き合い方に、深い魅力がありました。
また、山奥での生活描写も素晴らしかったです。
井戸の水、竈で炊くご飯、薪割り、畑仕事。そうした一つ一つが、単なる田舎暮らしの描写ではなく、アキヒトが自分自身を見つめ直すための修行として描かれていて、とても読み応えがありました。
そして何より、この作品の凄さは「強くなる」とは何かを丁寧に描いているところだと思います。
勝つことだけが強さではない。努力を重ねること、自分で考えること、人と向き合うこと、自分の弱さを認めること。祖父との出会いを通して、透明人間のようだったアキヒトが少しずつ自分の色を取り戻していく過程に、胸を打たれました。
剣道の勝負にかける苦しさや、勝ちたいともがく気持ちがとても生々しく、だからこそアキヒトの成長に説得力がありました。
剣道ものとしても、家族の物語としても、少年の成長譚としても楽しめる作品です。
読み終えた後、タイトルの『カラフルな透明人間』という言葉が、より温かく胸に残りました。
自分も、ずっと家族で剣道をやってきました。自分は、強くもないしあまり稽古もそんなに真剣にやることなく、とりあえず楽しくやれたらそれでいいと考えながらやってました。ただ、父も母も試合剣道ではなく綺麗さを求める剣道、弟は試合剣道と求めているものがあり、審査に落ちれば稽古が足りないと言われ、試合に負ければ強くなりたくないのかと言われ…自分はそんな環境に嫌気がさしていました。もちろん素振りもやらさらましたし、県内では有名な先生に教えてもらうために道場へ通ったり、毎日のように稽古漬けだったことを思い出します。
やらされですが、中高大と弱いながらも主将を務めることができました。
この物語を読んでいて、あの時の稽古って本当に自分の中で意味があったのだろうか、これまでのやってきたこと、常に覚悟を持って挑めてきたのだろうか振り返らされている感じがします。
素振りに千本もいらない。いくら数をこなしても、確かに目的も一振り一振りに中途半端な思いがあったら意味がない、すごく共感できる言葉でした。
現在、父七段・母と弟は四段ですが、自分は三段止まりで剣を置いてしまいだいぶ遠のいてしまいました。家族を持って子供もいてしばらく経ちますが、もし子供がもう少し大きくなって剣道やりたいってなったら、この物語と一緒にまた竹刀を握ろうかと思います。いや、違うな…子供がやりたい、父の背中を超えたいってなるように自分が竹刀を握る姿を見せないといけないなと思いました。