第25話 告白

 ラーグが新たにジニアへ加わり、ルルカさんが長い長い潜入捜査から帰還して、早一週間が経った。

 あれから『暁の会』に目立った動きはなく、僕達は彼らについて調査しながらも、『cafe:zinnia』の営業を続けている。

「どわぁっ」

 ……一つ、重大な悩みを抱えて。

 ガシャンッと甲高い音が店内に響いたかと思うと、床には割れたカップと円形に溢れたコーヒーが無惨に散乱していた。

「ラーグ……」

 僕は呆れて、彼の名をただ呼ぶことしかできない。

「あはは、悪りぃ悪りぃ」

「いや、『悪りぃ悪りぃ』じゃねぇよ。お前この一週間で何枚食器割ったよ?」

「まあまあ、そう怒るなよ〜」

 ヘラヘラと笑う彼の態度に、僕の堪忍袋の緒は今にもはち切れそうだった。

「あ、ラーグ、大丈夫?」

 いつものようにメイド服を着て、喫茶店の看板娘を務めている少女が、ラーグを心配して駆け寄ってきた。

「ハイナちゃん……まじ天使」

「天使? よくわかんないけど、カップ片付けよ?」

「うん、そーする」

「自分でやれや」

 ハイナにデレデレと接しているラーグを見て、僕はさらにイライラが募る。

「なんだよぉ〜、嫉妬か〜?」

「う、うっさいやい!」

 なんだか図星を突かれたような気分になって、思わず顔を背ける。当のハイナはきょとんとしているが、すぐに食器を片付け始める。

「ハイナ、これはラーグにやらせた方がいいよ。こいつ、ずっとハイナに頼りっ放しじゃん。甘やかすとラーグはすぐ調子乗るから」

「まあまあ、レイもそんなに怒らずに」

「いや、別に怒ってるわけじゃないんだけど……」

 ハイナは食器をビニール袋の中に入れ、口を縛り付けて立ち上がる。

「でもなんだろう、レイ、ラーグが来てからちょっと変わったよね」

「え? そう?」

「うん、なんか新しいレイってかんじ。私はいいと思う」

「うーん、自覚はないけど、ハイナや皆んなに迷惑かけてないなら、良かったよ」

「俺には迷惑だぞ〜」

 床に座って、頬杖をつき、ラーグはそうブーイングする。

「いいからお前は立てや! なんで座ってんだ!」

「ひぇ〜、怖え怖え〜、そんなんじゃ、ハイナちゃんも怖がっちゃうぞー」

「余計なお世話だ!」

 僕はラーグを背に、途中だったウエイターの仕事を済ませにお客さんが待っている席へと向かった。

「んにゃ〜、レイ君、大変そうだねぇ」

 机に突っ伏して眠たそうに話すのは、犬の亜人のユウさん。

「でもなんか怒ってるレイ君とか、砕けた話し方のレイ君とか、新鮮かも」

 頬杖をついてふわふわと笑っているのは、ユウさんの恋人のティナさんだ。

「ご迷惑おかけして申し訳ないです。せっかく毎日来て下さっているのに、うるさくしてすみません」

「ううん。喫茶店だけど、これはこれで楽しいものだよ? こっちとしては……なんだろう、お笑いのコントを見てる気分かなぁ」

 ティナさんはそう笑って答える。

「そ、そうなんですか?」

「うん、あとレイ君がラーグ君に嫉妬してるのが、なんか可愛い」

「べ、別に嫉妬なんて……」

 僕は話題を逸らすために、トレーに載せていたコーヒーとサンドイッチを提供する。

「わーい、サンドイッチだぁ〜」

 ユウさんは尻尾をぶんぶんと左右に振って嬉しそうに頬張る。

「あ、ユウ君〜、そんなに頬張ったら咽せちゃうよ?」

「ティナがレイ君とばっかり話すのがいけないんだも〜ん」

「あら、こっちも嫉妬しちゃった、本当に可愛いんだから」

 そう言って彼女は、少し不機嫌になっている犬の亜人の頭を優しく撫でた。

「いや、だから僕は嫉妬なんて……」

 その時、ハイナが遠くから駆け寄ってきた。

「レイ〜、助けて〜」

 飛びついてきたハイナに僕は事情を聞く。

「ハイナ、どうしたの?」

「ラーグが、お客さんに絡まれちゃって……エルさんは厨房が忙しくて手が空いてないから、レイに頼んでって……」

 徐々に涙目になっていく彼女の頭に僕はぽんと手を乗せる。

「大丈夫、ラーグは?」

「あっちで……お客さんと揉み合いになってる。お客さんが、食べ物落としちゃったの……気に入らなかったらしくて……」

「うーん、どっちもどっちだなあ〜。とりあえず、行ってくるね」

「ありがとう……」



 ***



「ふぅ」

 ようやく店じまいになり、僕は屋上で賄いのコーヒーを飲みながら一息ついていた。

 ラーグは食器を割った罰として、本日分全ての皿洗いを任されている。

 今頃、厨房でルルカさんに監視されながら地獄を見ていることだろう。

「あ、やっぱりここにいた」

 後ろから聞き馴染みのある声が聞こえてきた。振り返ると、ハイナが屋上にやってきていたところだった。

「エルさんから賄いのサンドイッチもらったの。副交感神経刺激魔法?がかかってるから、リラックス効果があるらしいよ」

「それじゃあ、そこに椅子あるから、二人で食べよかっか」

「うん」

 屋上には従業員が休めるように、一つだけテーブルが設置されている。僕の中では、この屋上のテーブルでコーヒーを飲みながら休むのが日課になりつつあるのだ。

 僕とハイナは椅子に座り、互いにサンドイッチを口に入れる。

「レイ、今日ありがとう。おかげで助かったよ」

「お安い御用だよ。まあほとんどラーグが悪いから、別に割って入る必要もなかったけど、ハイナの頼みとあらば仕方ない」

「ふふ、ありがと」

「いえいえ」

 その後、少しの沈黙が場を支配した。

 僕は夜空を眺めていたが、ハイナは俯いている。

「ハイナ?」

「ねぇ、レイ」

 何かを決心したかのように真剣な顔つきのハイナの頬は何故か赤く紅潮していた。

「…………好、き……です」

「──っ」

 突然の告白に、僕は固まってしまった。

 だが、ハイナは潤んだ赤い瞳でこちらをじっと見つめている。頬は赤く紅潮し、汗も少し滲んでいる。

「ハイナ……」

「私、この前の戦いで、鷹の亜人に恋してるって言われたの。それで、レイを目の前で殺すって言われたら、怒りもしたけど、焦りもあって、あ、やっぱり……って思ったというか、なんというか……」

 ハイナはしどろもどろになりながらも必死に説明してくれた。

 そうか。鷹の亜人との戦闘でそのようなことを言われていたのか。それならば、わかる気がする。きっと僕も、同じことをするだろうから。

「えっと、その──」

 いい加減に、僕も腹を括る時なのかもしれない。エルさんに諭されてから、ずっと考えていた。彼女には、「僕の深層心理の中では僕はハイナに恋をしている」と言われた。それで何も思わなかったわけじゃない。ただ余裕がなくて、ずっと後回しにしてしまっていたのだ。完全に、僕の過ちだ。

「僕、も……好きだよ。ハイナのこと」

 心臓がうるさい。ドキンドキンと鳴り響いて、僕を解放してくれない。だが、不思議と嫌な気分ではなかった。むしろ、その鼓動が心地いいと感じるのである。顔が火を吹いているように熱い。おそらく、僕の顔は今、深く紅潮しているのだろう。

「ッ……本当に⁉︎」

 ハイナは体勢を前のめりにして、そう聞いてきた。

「うん、本当。逆に今までごめん。僕から言うべきだったのに」

「う、ううん、そんなことないよ」

 ハイナは嬉しそうに笑っている。目元には軽く水滴がついていた。涙を流すまで、思い詰めていたのか。

 そんなことも知らずに僕は……。

 ハイナにとって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 僕は手を伸ばし、彼女の目元に指を近づけて涙を拭い取る。

「あ、ありがとう……」

 彼女はさらに頬を赤く染めて俯いた。

「う、うん……」

 ハイナの反応に釣られて、僕もかあっと顔が熱くなる。

「ちなみに……その……いつから?」

 ふと、ハイナがそう聞いてきた。

「──ショッピングモールあたり……だと思う」

 僕はそう答えた。ショッピングモールでの一戦。彼女が建物から落ちて、死ぬかもしれないとなった時に、僕の心臓は跳ね上がっていた。きっとその瞬間には、ハイナが好きだという気持ちを自覚していたのだ。

「結構、前からだったんだ」

「うん、でも、ハイナの気持ちがしっかりとわからなくて…………もし違ったらって思ったら怖くて、きっと無意識にこの話は避けてたのかもしれない。何より、もし伝えた後に、ハイナを戦いで失ったらって思うと、怖くて……」

 そうだ。僕はずっと怖かったんだ。ハイナを失うのが。だからずっとこの話題は避けていたのだろう。

 そう実感した瞬間、ふと涙が頬を伝った。

「えっ……?」

 これが一体なんの感情によるものなのか、僕にはわからない。ただふと、体は軽くなっていた。

 その時だった。

 左頬に少し湿っていて、それでいて柔らかい何かが当たる感触があった。一瞬のことでよくわからなかったが、それがハイナの唇であることは、すぐに理解した。

「ハイナ……」

「ふふ、涙、しょっぱい」

 嬉しそうに笑う彼女。その笑顔が見れただけで、体の奥底からいくらでも力が湧いてくるように感じる。

「ありがとう。そんなに思い詰めるまで考えてくれて。レイの気持ち、すっごく嬉しい!」

「……」

「私でよければ、その、お付き合いさせて欲しい……です」

 彼女の言葉を聞いて、僕は込み上げる嬉しさや自分への非難や鼓動の高鳴りや、様々な感情を整理することができなくなった。

 気づいた時には頬をそっと掴んで、彼女の口を自分の口で塞いでいた。

「っ!」

 ハイナは突然のことで驚いたように体をぴくりと動かすが、すぐに僕に体を委ねた。

 長い長いキスをした後、僕は彼女から唇を離した。

「僕でよければ、よろしくお願いします」

 僕は自分にできる精一杯の方法で、彼女の気持ちに答えたつもりだ。しかし、彼女の中では、まだ足りなかったようだ。

「……もう一回」

「──え?」

「もう一回、キスして」

 顔を真っ赤に染めながら、潤んだルビーのような赤い瞳で彼女はそう言った。

「ハイナ……」

 星空の中で、僕たちは時間の許す限り口付けをした。

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