第2話

 ニュース番組のアナウンサーが曽山舜一の死亡を告げていた。同姓同名ではないかと疑いたくなったが、中学の時の卒業アルバムと年齢が映ったので確信しないわけにはいかなかった。


 それを不吉だと思うのは考えすぎだろうか。森田はひとりごちる。何故なら中学の同級生の死亡を知らせるニュースを聞くのが二人目だったからだ。


 同じく中学の同級生だった原田哲夫の死を知らされたのは二週間前で、それもまたニュース番組でだった。


 画面を見つめる。曽山はどうやら殺されたらしい。帰宅途中に襲われた。刃物による全身への無数の傷。大量の出血。聞いているうちに意識が遠のいていく。大きなショックと共に、呼び覚まされそうな記憶があることを思い出す。この感覚は原田の死を知ったときにもあった。


 曽山舜一。原田哲夫。そして森田敦夫。この三人は中学の三年間同じクラスだった縁もあって、常に一緒にいる仲間だった。二人とも森田を慕ってくれ、それは森田にしても同じだった。曽山は運動は苦手だけれど勉強は得意だったので、テスト前にはよく勉強を見てもらっていた。対して原田は勉強はてんでだけれど運動神経は良くて、リレー選手に選ばれる度に練習に付き合わされた。そう、努力家でもあったのだ。


 思えば森田は他の二人と違って秀でた個性のようなものはなかった。それでも三人になるとリーダーらしさを醸し出していたのは自分だった記憶がある。三人で行動するときに、その計画を立てるのはいつも森田の役目だった。


 懐かしさが去来する。なんでもできると信じていた無邪気な中学生。この三人の友情は永遠かもしれないなんて思ったことも一度や二度ではない。しかし終わりは卒業と共にやってきた。森田が高校進学と同時に遠方に引っ越すことになったからだった。


 それ以来、顔を合わせていない。思春期特有の気恥ずかしさもあって連絡先の交換もしなかった。そのことを大きく悔いたのは大人になってからだった。


 みんなどうしてるんだろうな。そんな思いは途端に霧散する。そうだ。二人とも死んだのだ。


 途端に現実に帰ってきたような錯覚を覚える。自分がいま何について思いを巡らせていたのかも忘れてしまっていた。


 注文の品が届いた。ラーメンと餃子。ビールも欲しかったがすんでのところで我慢していた。家では発泡酒が冷えている。


 いらっしゃーい、と店主のおやじの愛想の良い声。引き戸には背を向けていた。


「やっぱり。森田君だ」


 だから反射的に応えただけであって、向けた顔はだいぶ無警戒なそれだった。無防備と言ってもいいかもしれない。普段は人に見せたりしない、かといって大きく変わるわけでもないだろうけれど、私的な素顔。


 さっき入ってきた客だろう。それ以上、森田は感想を持ち合わせていなかった。


 薄い笑みを浮かべる男性。歳は同じ頃だろう。仕事終わりとは思えないラフな格好だった。Tシャツにジャージ。部屋着で来たと言われればそれで信じてしまえるだろう。人前に晒す恰好のようには見えなかった。


 自然と服装に目が行っていたのが気になったのだろう。男性は取り繕うように言った。


「まあ。人前に出る仕事じゃないから」


 自分だって地味な作業着だった。とやかく言えたものではない。


 それよりも。森田は必死に頭の中で検索をかける。数秒の間が空いてもヒットはしない。まるで思い出せない。それを見透かしたような顔をして男性は言った。


「博人だよ。近藤博人。森田君でしょ。森田敦夫君。中学の時同じクラスだった」


 これでさすがに知らないでは済まされなくなった。相手はきちんと森田のフルネームを言えている。ということは知らない奴ではない。


 ここに至っても森田には思い当たる節がなかった。中学の同級生。万が一の人違いもあり得るのではないか。それくらいに思い浮かばなかった。こうなってくると印象の薄くて関わりのない奴だったのだなという認識だけが強まってくる。だったら無視して去ればいいのに。森田はひどく自分勝手な苛立ちを覚えた。自分だけが知らないという気持ち悪さのせいかもしれない。


「……ああ。久しぶり」


 関わりが薄かった中学のクラスメイトが何の用だろう。森田としてはさっさとお引き取りいただきたかった。十数年ぶりに会うのだろうから、ひょんな偶然から旧交を温める。全然ありな展開だ。だけれどそんな成り行きになるような接点が悲しいかなまるで存在していない。


 ましてや中学時代に同じ教室にいたとしても。ろくに口を聞かなければそんなの他人と一緒だ。いったい何年の時に一緒だったのか。森田の学校は毎年クラス替えをしていた。おそらく一年間しか同じだったことはない奴だろう。


 見るからに影も薄そうだしな。森田は近藤という名前を聞いてさえ思い出せないクラスメイトに対して、何なら哀れな思いを抱きつつあった。よっぽど存在感なかったんだろうな、コイツ。


「懐かしいな。中学の卒業式以来だよね」


「ああ。そうだな」


 森田は適当に話を合わせる。なんとはなしに自分が食べているラーメンに視線をやって、早く食べたいことを言外にアピールしながら。


「森田君は立派な大人になったんだね」


「はあ。まあ。いやそんな。立派な大人と言われても」


 久しぶりの再会にそぐう内容ではあるだろうけれど。どこか違和感を覚えてしまう出し抜けな内容。


「結婚もして子供もいてさ。娘さんだったよね。四歳になったばかりだ。可愛い盛りでしょ。アミカちゃんだっけ」


「ああ。そうかもな」


「奥さんも綺麗な人だし。森田君が羨ましいよ。僕は未だに独身だよ。まあ当然だよね。人間不信になっちゃったんだからさ。ましてや異性なんて。いまでも恥ずかし

いもん。いい大人がみっともない話だけどね」


 何言ってんだコイツ? ラーメンと餃子に彷徨わせていた視線をあげる。近藤博人は無理やりな笑みを広げていた。顔は笑っている。しかしその目は。


 視線が合った。その怜悧な目つきにゾクリとする。


「……そっか。…………大変そう、だな」


「まあね。でも愚痴っても始まらないし」


 おやじさん。ラーメンと餃子をお願いします。近藤が注文する。ようやく去ってくれるようだった。


「死んだね。曽山舜一と原田哲夫」


 頭に炸裂する。その名前を言われてようやく近藤博人と名乗ったその男性が自分の記憶の中で結びついてくるのが分かった。

あの顔は。確かに面影があるかもしれない。でも名前まで関連して結びつかない。それでいて今度は焦燥感がわいてくる。結びつき始めたら最後、絡まって二度と忘れられなくなるという強い感覚。むしろいままで忘れていた自分はバカだと思うくらいの――。


 いや、そうじゃない。


 森田敦夫にとって。それは単なるエピソードだったのだ。思い出と呼ぶにはあまりに弱い、どうでもいい日常の一コマ。


 近藤は奥のカウンター席に座った。ここからだと横顔だけが確認できる。


 食べているラーメンの味がしない。噛んでも噛んでも。思い出した記憶と二人の級友の名前が告げられて。とてもじゃないがまともな食事をしている気分ではなくなっていた。


 曽山舜一。原田哲夫。そして森田敦夫。この三人はよくつるんでいた。三年間一緒だった仲間。俺たち三人は。


 近藤博人をいじめていた。

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