第六章 オール・イェレア・アミティ

 ラトリーシャの事務所は、チャンネル上ではカフェに見える。


 メニューがあり、カウンターがあり、スツールがある。だが、壁の向こうにサーバーの気配がある。演算場の密度が、普通のカフェとは違う。


 アーロ・ナイトレイは、そこで《貴方もライブパフォーマー》のスターターキットを試していた。


「なんかいる」


 アーロは腕の上で丸まっているゼノビアに言った。


 片目だけ開いた。


「何が」


「このAI、変」


「変」


「なんか、考えてから返事をしている」


 ゼノビアはゆっくりと目を閉じた。「面白い」


「面白くない。気持ち悪い」


「同じことだよ」


 ラトリーシャが横から口を出した。


「エーレレートの簡略版です。反応の仕方だけ似ているから」


「本体は」


「聞かない方がいいですよ」ラトリーシャは笑わなかった。「聞いたら、教えるつもりはないので」


 エーレレートは、いつも正しい。


 ラトリーシャはその正しさに、何度も助けられてきた。ノアの声をどう落とすか。都市の灯りをどのタイミングで海面へ変えるか。観客の心拍がどこで跳ねるか。エーレレートは答える。速く、静かに、ほとんど間違えない。


 でも、まだ一度も迷ったことがない。


 ラトリーシャは、そのことを少しだけ寂しいと思っていた。


 間違えてほしいわけではない。ただ、いつか一度だけでも、「分からない」と返してほしかった。


 アーロはもう一度画面を見た。


 スターターキットのAIがアーロの問いに答えている。説明の順序が不思議だった。重要なことを先に言う、という通常のAIの傾向がない。重要性ではなく、何か別の基準で並んでいる。


「何を基準に並べているんだ」


 アーロが呟いた時、ファリードがドアから入ってきた。


 背が高く、動きに無駄がない。エンフォーサーはマギ式の装備だ。


「面白そうなことしてるね」


 ファリードは画面を覗き込んだ。「本体がいるね、これ」


「なんで分かるんですか」


「雰囲気。普通のAIはもっと元気。これは、静かすぎる」


 ラトリーシャが少しだけ目を細めた。それ以上は言わなかった。


「チームを作りたいんですが」とラトリーシャが言った。「ラトリーシャさんが大変そうだから、少し手伝う、くらいで」


「いいよ」ファリードはすぐ言った。「面白そうだから。それ以外に理由が要る?」


 名前をアーロが考え始める前に、ファリードが先に言った。


「OYA」


「かっこよくないです」


「かっこいいよ」


 ゼノビアは壁の方を向いて、もう一度目を閉じた。


「月か」


 誰にも聞こえない声だった。


 その時点では、OYAはただの冗談だった。


 ラトリーシャを少し手伝うための名前。ファリードの遊び。アーロの好奇心。ゼノビアの退屈しのぎ。


 けれど、ミスティ・クラッカーズというものは、たいていそうやって始まる。


 正規の扉ではなく、誰かが勝手に開けた細い隙間から。

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