本作は、私が「私」を殺すお話。いや、本当にそうなのかも分からないお話です。
性認識と肉体に不一致のある「私」は、与えられた名を持つ「私」を殺し、さらに「私」は別の「私」を殺す。どれがどの「私」なのか、分からなくなります。誰が殺されたのかも、分からなくなります。死体が無いので、殺されたのはあの「私」だとも言えません。
読んでいるほうは混乱させられます。けれども話としては混乱していない。テニヲハがおかしいとか、主語述語がわからないとか、内容が支離滅裂とか、そういう混乱はありません。むしろ高い筆力で凄まじい没入感と陰鬱な空気の中、一本の物語が成立しています。実に不思議な感覚です。
そして何が何だか分からぬうちに次々と、グロテスクに「私」が殺されていく果てに、本当の本当に分からなくなる一文を作者様は置いていきます。
え。
心の中的な話だから死体がなかったんじゃないの?
いや、もしかして……。
最後までタイトルのとおり、死体が出てこないので真実は分かりません。まるで悪魔の証明のようなホラー。
お勧めです。
未読の方はぜひ、手に取って何が真実なのかも分からない、けれどもひどく惹かれる本作を手に取ってみてください。圧倒されること間違いありません。
何か凄い、一個の文学作品を読んだ感じがしました。
主人公の「私」は男の体に女の心を持った自分をどうにかしようと、「もともとの自分」を殺したことにし、それとは違う設定の「別の自分」に成り代わることで生きてきた。
そしてまた不都合が出ると殺し、どんどん別の人間に成り代わったとすることで、「自分」という存在を保ち続けてきた。
この「アイデンティティの問題の極限」に立たされ、必死に自分を保とうと「設定」を作り続ける感覚。ものすごい固有な「自己」の描写が秀逸で、作品から沸き立つ熱量に圧倒されます。
この「殺す」という概念によって必死に自己を繋ぐ。とある作品の主人公のように「教えてくれ●●、俺たちは、あと何人殺せばいい?(あの子とあの子犬も)」と問いたくなる状態です。
そしてそうやって「死体のない殺人」を繰り返した先に出現する「あるエステサロンの女」。彼女の存在を見たことで噴出する事実。
とにかく読んでみて欲しい、と強くオススメしたい一作です。まさに強烈なリビドーとコンフリクトに満ちた「自意識」に溢れた文学作品。圧巻でした。