間章Ⅳ:訪れる季夏に憂いは揺れる~鈴澄の記憶~

 夏めいた日差しがカーテン越しに、部屋に差し込んでいた。カーテンレールに吊るされた風鈴が、光を受けてきらりと輝く。マンションの外の紫陽花の色は徐々に褪せはじめ、このあわいの季節が終わりつつあることを知らせていた。

 風鈴の罅は日に日に深くなっていっている。わたしの肌にも、あかぎれのような罅が無数に走っていた。

 ベッドで眠る結芽を依代の風鈴から見下ろしながら、わたしは思う。自分にはあとどれだけの時が残されているのかと。――結芽と過ごせる時間はあとどれだけあるのかと。

(わたしに残された時間は短い。この夏を越せるかどうか、といったところだろう)

 わたしは結芽が好きだった。もがきながらも精一杯生きようとしている彼女が好きだった。――だからこそ、心身ともに不安定な状態の彼女を独りで置いて逝きたくなかった。

 夏が終わらなければいい。そんなことを思ったのは、長い年月を生きてきて初めてのことだった。――夏が終わることさえなければ、結芽との毎日を永遠に繰り返し続けていられるのに。

(けれど……それでは、駄目なのだ)

 結芽はいずれ、立ち上がらなければならない。もう一度、歩き出さなければならない。いつまでもこのままでいるわけにはいかないのだ。

(せめて……この夏が終わるまでに結芽の背中を押してやりたい。結芽が歩き出すのを見届けた上で、笑って散っていきたい)

 いずれ来る別れの日のことを思うと、罅割れた胸がずきずきと痛む。けれど、最後に大切な人のために何かできるのであれば、本望だとも思えた。――自分は誰かを幸せにするために作られた道具なのだから。

 全身に回った罅のせいで、だんだんと身体を動かすのが辛くなってきていた。しかし、最後まで結芽にはそれを気取られたくなかった。――彼女に自分のことで心配をかけたくない。

 陽が傾き始めたら、今日の夕飯の下拵えをしないといけない。わたしは冷蔵庫の中の食材を思い浮かべる。確か、ひき肉と豆腐が残っていたはずだった。

(そうだ、今日は豆腐ハンバーグにしよう。ソースを大根おろしとポン酢にすればさっぱりしていて食べやすいはずだ)

 わたしはふっと口元に笑みを浮かべると、風鈴の中で束の間の微睡に落ちていく。幸せな夢は静かにカウントダウンを始めていた。

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