第16話 正太が好きだ
必死に走って来たのだろう。
正太ははぁはぁと肩で息をしていた。
湧き上がる疑問に冴子の喉が微かに開く。
「……なんで」
「嘘ついちゃった」
息の切れ間に正太は言った。
「本当は待ちきれなくてとっくに家出てたんだ」
正太の目が、ギロリとナンパ男を睨みつける。
そんな顔をする正太は初めて見た。
残念ながら童顔の正太がいくら怒ってもなんの迫力もなかったが。
「どうせならもっと早く来ればよかった。そしたら怖い目にあわせずに済んだのに」
「は? はぁ? はぁあああ? このガキが彼氏? 冗談だろ!? 犯罪だって!」
「犯罪なのはおじさんの方! 僕達高校生だから! そうじゃなくても嫌がる女の子に無理やりナンパなんかしちゃダメだよ! 僕の彼女に謝って、大人しくどっか行ってください!」
「イヤだって言ったら?」
「こうします」
正太が防犯ブザーのピンを抜いた。
ピヨピヨピヨ!!!!
途端にけたたましい音のアラームが鳴り響く。
週末の駅前は混みあっている。
ナンパ自体そう珍しくはないから気にする者は稀である。
だが防犯ブザーとなれば話は別だ。
一帯にいる全ての人が何事か! と関心を向けた。
これにはナンパ男も慌てた。
「このガキ!?」
「駅前だよ。近くには交番もあります。逃げるなら今の内だと思いますけど?」
「ぐ、ぬ、ぬ、覚えてやがれ!」
「そっちこそ、動画撮りましたからね!」
いつの間にか、正太はスマホを向けていた。
そんな相手に仕返しをする程、相手もバカではないだろう。
捨て台詞を残すと、ナンパ男は人込みをかき分けるようにして逃げて行った。
「……ふぅ」
一息つくと正太はブザーを止めた。
冴子に向かって親指を立てる。
「もう大丈夫!」
励ますような笑みに、冴子の中で張り詰めていた物がプツンと切れた。
「う、ぁ、うぁぁ、ごわがっだよおおおお!」
冴子は正太に泣きついた。
「怖かったね。もう大丈夫だから」
「ありがどおおお、うぞづいでごめんなざああああい!」
「心配かけたくなかったんでしょ? 頼りない彼氏かもしれないけど、それでも僕は大山さんの彼氏だから。出来ればもっと頼って欲しいな」
「頼りなぐない! 頼りしがない! がっごよがっだ! ちょうがっごよがっだぁ!?」
ぐしゃぐしゃに泣く。
冴子の頭は申し訳なさでいっぱいだ。
「なんでぞんなにやざじいの!? あだじなんがうぞづぎで、じぶんがっでで、がわいげなんがひどづもないでがおんななのに!?」
必死になって助ける価値も、優しい言葉をかける価値だってないはずなのに。
なんでこんなに優しくしてくれるのか。
冴子にはさっぱり分からない。
正太にとっては自明な事だったが。
「だって僕は大山さんの彼氏だから」
真っすぐ目を見て言われた瞬間冴子は確信した。
あたし、この子が好きなんだ、と。
自覚した瞬間冴子は恥ずかしくなった。
「あ、あたしだって、正太の彼女だから……」
どうしよう。
あたし、ちゃんと好きになっちゃった!?
まだ二週間も経ってないのに。
こんなつもりじゃなかったのに。
青春のアリバイ作りみたい関係の筈だったのに!
正太が好きだ。
大好き。
好きすぎる。
冴子は自分が恐ろしかった。
だって好きになっちゃった。
それってつまり、好きになっていいって事だ。
なにを気にする事もない。
なにに遠慮する必要もない。
好きなだけ正太の事を好きになっていい。
それってなんか怖くない!?
ファーーー!?
冴子の頭はショート寸前だ。
そこに虎丸と姫麗がやってきた。
「うぃーっす」
「花井君と途中でばったり会っちゃって! いやー、偶然って怖いねー! って冴ちゃん!? どうしたのその顔!?」
「ふぇ?」
「メイク! ぐちゃぐちゃになってる!?」
「嘘!? やだっ!? さっき泣いちゃったから……」
一応道具は持って来てるが、メイク直しなんか出来ない。
「ちょっと小森君! 冴ちゃんの事泣かしたの?」
「ごめんなさい……」
姫麗に睨まれ正太が頭を下げる。
「いやなんで正太が謝るの!?」
「僕が泣かせた事には変わりないので……」
「そうだけど!? 元はと言えばナンパ野郎のせいでしょ! 正太は悪くないから!」
「え? 冴ちゃんナンパされたの?」
姫麗の顔が青くなった。
「あ、あたしのせいだ!? 調子乗って可愛くし過ぎたから……。ごめん冴ちゃん! 本当ごめん!」
「え、いや、姫麗は悪くないでしょ。ナンパなんかされるあたしが悪いって言うか……」
「僕が悪いんだ! 僕がもっと早く来てれば大山さんを怖い目に合わせる事もなくて……」
「いや、普通に考えてナンパ野郎が悪いだろ」
なに言ってんだこいつらは?
そんな様子で虎丸が言う。
三人はハッとして。
「「「それだ!」」」
というわけで一件落着。
冴子のメイクは姫麗が直してくれた。
ここだけの話、お母さんよりも上手いまである。
「おまたせー!」
「別に待ってねぇよ。なぁ?」
「ぅ、ぅん……」
正太の様子が変だった。
折角戻って来たのにこちらを見ずに俯ている。
やっぱり似合ってないのかも!?
途端に冴子は不安になった。
そんな冴子を姫麗はチラ見し。
「正太君。折角お洒落してきた彼女になにか言う事あるんじゃない?」
「いいよ姫麗」
「だって!」
「いいってば!」
気持ちは嬉しい。
でも、これ以上は惨めになるだけだ。
「ごめん正太……。ちょっと張り切り過ぎちゃった。似合ってないよね……あはは」
「そ、そんな事ないよ。すごく可愛いと思う……」
言葉とは裏腹に、正太の視線は足元を向いたままだ。
「……ありがと。お世辞でも嬉しい……」
「お世辞じゃなくて……」
「じゃあなんでちゃんと見てくれないの!?」
怒鳴ってしまってハッとする。
「ごめん……。そんなつもりじゃなくて……」
「いや、今のは正太がわりーよ。いくら大山さんが可愛いからってそれはないだろ」
「そうだそうだ! 彼氏ならちゃんと彼女の可愛いを受け止めろー!」
「いや、そういうんじゃないから……」
この期に及んで二人はなにを言っているのか。
冴子が呆れていると。
「だって大山さんが可愛すぎて顔がニヤけちゃうんだもん!」
恥ずかしそうに正太が言った。
こちらを向いたその顔は、ビックリするくらい赤くなっている。
太陽でも見るように目を細めると、眩しそうに顔を手で隠した。
「やっぱりだめ! 可愛すぎて見てられない! 大山さんが可愛すぎる!」
ぇ、マジで?
視線で問うと姫麗たちがウンと頷く。
もう一度正太に視線を戻した。
「ほ、本当?」
「嘘つくわけないでしょ! こんなに可愛い子が僕の彼女だなんて信じられないよ! 頑張って慣れるから、もうちょっとだけ我慢して……」
チラチラと冴子を見ながら申し訳なさそうに正太は言う。
これ、ガチな奴だ。
気付いた途端冴子も赤くなった。
だってこんなの嬉しすぎる。
直視出来ないくらい喜んで貰えるなんて!
まぁ、正太は特殊な趣味の持ち主のようだから、そういう事もあるのかもしれない。
てか、照れてる小森君可愛すぎない?
最高なんだけど!
「ありがと……。正太も可愛いよ。すごく可愛い」
ストリート系とでも言うのだろうか。
大きめのシャツとデニムの半ズボンだ。
正太が着ると背伸びした子供みたいで可愛らしい。
特に足だ。
ほっそりとした白くてツルツルの足と膝小僧!
最高かよ!
「は、花井君に選んで貰ったんだ……」
やるじゃん花井!
そんな気持ちでグッと親指を向ける。
「お、おう?」
虎丸は困惑した様子だったが。
「は、花井君もお洒落だよね!」
唐突に姫麗が言った。
虎丸はデカデカと虎の顔の刺繍が入ったシャツにジーパンだ。
お洒落なのかもしれないが冴子にはちょっと理解不能である。
「だろ? お気に入りのシャツなんだ! 星さんもいいセンスしてるぜ!」
「そう? えへへ……」
分かりやすく姫麗が照れる。
こちらは毒キノコみたいな色と柄のジャージ&ショートパンツだ。
お洒落なのかもしれないが冴子には以下略。
そういう意味では二人の相性は良さそうだが。
他のメンバーが集まるまでみんなでお喋りをして時間を潰す。
「てかお前ら来るの早すぎだろ」
「花井に言われたくないけど」
「だって合コンだぜ! 待ちきれねぇよ!」
「星さん家って花井君家の方向なんだ?」
「ぇ、ぁ、違うけど、たまたまそっちに用事があって……。ママのお使い、みたいな……あははは……」
しどろもどろの姫麗を見て冴子は察した。
こいつ、虎丸と一緒に来たくて待ち伏せしてたな。
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