CASE17 『板垣清史郎さん行方不明事件』
【事件発生日】昭和57年、8月30日。
【発生場所】T県T市、岩倉山鍾乳洞。
【行方不明者】板垣清史郎(28)
【事件内容】
昭和57年、8月30日。板垣さんはT県T市の岩倉山にある鍾乳洞へ向かうと自宅に書き置きを残し、そのまま行方不明となっている事件である。
板垣さんは山登りやハイキングが趣味であり、仕事が休みの日は有名・無名問わず、様々な地域に出掛けることがあった。T県T市の岩倉山は彼の好む場所であったらしく、何度も訪れている場所であったと家族は話している。
岩倉山の麓から少し歩いた先に鍾乳洞があり、全長は400m程の小〜中規模の洞窟であった。内部には水の溜まっている場所あり、独特な雰囲気を漂わせる知る人ぞ知る名所であったそうだ。
行方不明になったことが発覚したきっかけは、板垣さんが自宅に帰ってこない事に気がついた家族が会社へ連絡を入れたことが発端である。8月28日の早朝に自宅を出た事は本人の書き置きで判明している。
『岩倉山鍾乳洞に出掛けて来る。近くの宿に泊まるから明日の昼過ぎには帰ります』と記載されていた。家族も板垣さんが良く行っている場所であることを知っていた為、そこまで心配することなくそのまま彼の帰りを待っていたそうだ。
しかし、予定の日時に帰ってこなかった。家族は何かトラブルがあったのではないかと心配したが、明日は仕事であるためその前には必ず帰って来るだろうとやや強引に納得していたようだ。
8月30日、本人の部屋を訪れるが帰ってきた形跡は無かった。流石におかしいと考えた家族が本人の会社へ電話をするが、会社の方も本人の出社を確認していないことが判明した。
家族は本人の捜索を依頼するために警察へ通報。警察による板垣さんの捜索が開始された。
地元警察は本人の書き置きをもとに岩倉山鍾乳洞を中心に捜索を開始。山中には本人の手掛かりとなるものは見つからなかったが、鍾乳洞内で本人のものと思われる右足の靴が発見された。そこから50m程度進んだところで左足の靴が発見された。
警察は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高いと考え、行方不明事件として調査を開始している。
この事件の特筆すべき点として、板垣さんの居場所は早い段階で可能性の高い場所が判明している。しかし、当時の警察では手の出せない場所であった。
鍾乳洞には水が溜まっている場所があるが、実は大小の穴や溝も多数存在していた。場所によっては入り組んでいたり、捜索が困難な程深い場所もあることが分かった。
警察は本人の痕跡を辿った所、1つの溝に注目する。そこは丁度成人男性1人分の幅しか穴のような溝であり、内部は複雑かつ深い事が判明している。驚くことにこの溝の近くから本人のタオルが発見されている。
詳しい調査によって恐ろしい事実が浮かび上がる。溝の周囲の状況や痕跡、構造を考えた結果、板垣さんがその溝の中に頭から奥に入り込んでいる可能性が高いという意見が出てきた。
警察の方でも溝の中の様子や本人の痕跡を確認するためにあらゆる手段を使って内部の調査を行ったが、どれも結果を出せずに失敗に終わっている。
警察は板垣さんが鍾乳洞の見学中に足を滑らせて溝に挟まってしまったものと考え、事故死として処理をしたが、その判断を下す事自体が早計であったという意見も出ている。
違う場所に落ちていた靴の存在や溝の構造など、明らかに作為的なものを感じさせる条件が揃っているためだ。加えて、足を滑らせたとしても頭から入り込むことなどまずありえない。何者かが板垣さんの意識を奪い、そのまま溝の中へ入れた可能性が高いと指摘する声があった。
だが本人のものと思われる私物や溝の周囲に残されていた痕跡しか見つかっておらず、当日に誰かがいたことを示す証拠は発見されなかった。
事件発生から5ヶ月が経った頃、板垣さんの自宅に一通の手紙が届く。送り主については一切記載されておらず、直接郵便受けに入れたものであると分かっている。そこには1枚の写真と手紙が入っており、どちらも家族の背筋を凍らせるものであった。
写真は暗い場所に縛られた状態で猿轡と目隠しをされている板垣さんが写っていた。目隠しは黒い布かビニールのようなものであり、口には見覚えのあるタオルが無理矢理入れられていた。そこで写真の場所が岩倉山鍾乳洞であることに気が付く。写真の他に入っていた手紙には、書き殴ったようなカタカナ文字で短い文章が記載されていた。
『セイシロウノモチモノ二チイサナハコガアルソレヲヤマ二カエセ』
家族はこの写真と手紙を警察に提出し、何かた掛かりとなるものが出ないかと期待していたが、写真の場所が岩倉山鍾乳洞であることと板垣さんが犯人に関わるものを持っているかも知れないということであった。
家族には当然心当たりは無い。念の為、警察とともに彼の部屋を捜索するが目立ったものは見つからなかった。
更に2ヶ月後、再び差出人不明の手紙が届く。
今度は手紙のみであったが、こちらには女性と思われる文字でこのように記載されていた。
『清史郎さんは今も生きています。彼の持っている箱を彼等に返してあげて下さい。それで清史郎さんは帰ってくるはずです』
この手紙を再び警察に提出。筆跡鑑定を行うが該当するものは無し。しかし生存を示唆する内容であるため犯人からの要求ではないかと意見が出ていた。
板垣さんの部屋を再び捜索するとともに、日記や手記といったものを改めて確認するが『箱』に該当するものは見つける事が出来なかった。
犯人からの要求と思われる手紙が届いてから1年後、板垣さんが行方不明となった鍾乳洞から本人のものと思われる骨の一部が発見された。場所は当初から疑いのあった溝の近くである。板垣さんの身柄は別の場所にあったと推察されたが、溝の中から本人の体液と思われるものと骨の大部分が発見されている。
だが、その後の調査でも頭部と左腕の骨だけは発見する事が出来ていない。
ここで更に不可解な事が起こる。板垣さんの骨に混じりもう1人の骨が発見されていた。しかも板垣さんの骨よりも古いものであり、死後数年は経っていると判明している。
警察が調査した時には発見されていないものである。つまり、板垣さんが亡くなる前に溝の中に入っていた人物、あるいは彼の死後、他の場所で無くなった人物の遺体を溝に入れた可能性が考えられる。
板垣さん以外にも被害者がいると考え、捜査範囲を拡げるが、残念ながら手掛かりを掴む事は出来なかった。
家族への手紙も2通目を最後に途絶えている。
本件は平成9年、8月30日に時効が成立し、未解決事件として処理されている。
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