第32話 偽りの蒼穹(アクリル)と、反逆の起業(スタートアップ)
ゴゴゴゴゴゴォォォォ……ッ!!!
血と汗に塗れたカケルの両腕が、重厚な地下1階層の大扉を完全に押し開けた。
吹き込んでくる強烈な風。そして、網膜を焼くような眩い「光」。
「……ハァッ、ハァッ……マロ、着いたぞ……! これが、地上の光……」
カケルは目を細めながら、光の向こう側へと足を踏み出した。
青い空、緑の草原、あるいは人間たちが活気づく王都の街並み。カケルはそんな光景を思い描いていた。
だが。
「……は? なんだ、ここは……」
カケルの目の前に広がっていたのは、ファンタジーの欠片もない、無機質で冷酷な光景だった。
空はない。
遥か上空を覆っているのは、幾重にも重なる『透明な巨大パネル』。まるで巨大なアクリル板をスライドさせて蓋をしたような、無機質な人工の天蓋だ。そこから、太陽の代わりに巨大なLEDのような人工光が街を照らしている。
そして眼下に広がるのは、見渡す限りの鋼鉄の都市。
だが、それは人が住む街ではない。超巨大なクレーンとベルトコンベアが縦横無尽に走り、巨大なコンテナ(居住区)をシステムが自動で右から左へと運んでいく、大陸サイズの『超巨大自動倉庫(ロジスティクス・センター)』だった。
『――ピーッ。ID未登録の生体反応を確認』
突如、カケルたちの頭上に無機質な機械の球体が飛来し、赤いスキャン光線を放った。
『スキャン完了。不良ロット廃棄孔(アビス)からの這い上がりを確認。……当該個体を、再利用可能在庫(リサイクル・ロット)としてメインシステムへ登録します』
「……不良ロット廃棄孔(アビス)、だと?」
カケルは呆然と呟いた。
これまで命懸けで登ってきた「無限の奈落」は、モンスターの巣窟でも、神の試練でもなかった。
この冷徹な自動管理都市において、不要になった人間(在庫)を捨てるための、ただの『巨大なゴミ箱』に過ぎなかったのだ。
人間は感情を持つ生き物ではなく、完璧にロット管理され、古くなれば自動でローテーションされて廃棄されるだけの「在庫」。
それが、カケルが目指した『地上』の正体だった。
「……ピィ……」
カケルの足元で、マロが不安そうに震える。
普通の人間なら、この圧倒的なシステムの前に心が折れていただろう。地獄を抜けた先が、感情の死んだ完璧な管理社会だったのだから。
だが、カケルの双眸に絶望の色はなかった。
むしろ、これまでの迷宮での戦いで研ぎ澄まされた彼の口角は、不敵に、そして獰猛に吊り上がっていたのだ。
「……ハッ。笑わせるぜ。俺をただの在庫(ロット)扱いしようってのか」
カケルは、血に塗れた拳を強く握りしめた。
こんな冷たい世界で終わらせるわけにはいかない。
人間の命も、家族との二度と戻らない大切な記憶も、スライド式のアクリル天蓋の下でただのデータとして消費されていいはずがない。もっと温かくて、手で触れられる確かな「形」として残すべきものなんだ。
「上等だ、クソったれなシステム。……奈落(アビス)のルールは完全に理解した。次は、この地上のルールを俺が書き換えてやる」
カケルは、都市の奥深く――おそらく妻の結衣が「在庫」として囚われているであろう、巨大な中枢タワーを睨みつけた。
まずは彼女を見つけ出し、この腐った世界をぶっ壊すための『最強の味方』に引き入れる。
そして、この冷徹な自動倉庫(セカイ)を完全にクラックし、自分たちの手で新しい居場所を創り出すのだ。
「行くぞ、マロ。冒険(サバイバル)はここで終わりだ。……ここからは、俺たち自身のビジネス(反逆)の立ち上げ(スタートアップ)だ!!」
「ピィィィィィッ!!!」
偽りの光が降り注ぐ無機質な都市に向けて、最弱のテイマーと白銀のスライムは、誰にも支配されない自由な未来を勝ち取るための、新たな一歩を踏み出した。
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無限の奈落(アビス)と最弱テイマー〜スライム一匹から始まる、命懸けの迷宮脱出劇〜 星音 翔 @hoshine_kakeru
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