第5話 古き友との再会
真夜中。ミレイくんからのメッセージで姫がちゃんと家に着いたことを確認する。姫からのメッセージで今夜はビーフシチューだから早く帰ってきて欲しいと送られてきたが、今日は帰れそうにない。
僕が訪れていたのは国連が保有する地図に存在しない島だった。ここに僕の古き友が自ら監禁されている。この場所を知っているのは国連の総議長と僕だけだ。国連総議長も僕がここを知っていることは悟られていない。
ここは常に厳重な警備で守られており、警備員は全員祖国で死亡扱いされている亡霊たちだ。皆、僕の古き友を守るためだけにここに配備され、自分という大切な存在を抹消されている。
島の中央には城が建てられており、その一室に僕は潜入していた。
「ふぅむ。普段ならば、厳重な警備をされているはずだが、ここまで人気がないと逆に怖いね」
簡単に潜入できたこともそうだが、現在この島には人の気配がしない。
隠れているとというわけでもなさそうだ。意図的に警備を薄くしているとしか思えない。
これも全ては古き友の策略だろう。
誰もいない廊下を歩み、目的の部屋の前に立つ。数回ノックをして返事はないが扉を開く。部屋には窓はひとつしかなく、豪華なベッドと来客用の椅子が用意されていた。
窓辺には美しい美女が立って空を見上げている。その美女に向かって、僕は挨拶をした。
「やあ、星詠みの巫女。会うのは10年ぶりかな?」
声をかけられた美女は振り返る。目には光がなく、表情は無。パジャマとは思えないドレスを着ており、まるで僕を待っていかのようだ。
美女に言われるまでもなく来客の椅子に腰掛けると、美女はゆくっりと対面の椅子へと座った。
そうして無表情の美女は口を開く。
「10年ぶりですね、ノア=カレイドボロス。当機はあなたの来訪を知っていました」
「予想済みだったと?」
「いえ、星がそう告げていたのです」
美女の名前は星詠みの巫女。僕と同じく不老不死者であり、数千年来の友人である。
古き時代。不老不死者という存在を知った人類は、その神秘と能力に目をつけ、人為的に不老不死者を作れないかを模索した。彼女は非人道的な実験の末にようやく辿り着いた完了形であり、また大いなる失敗作でもある。
彼女の存在は公にすることを許されず、また彼女の能力も秘匿されている。
どうやら、僕が今夜現れることは知られていたことであったようで、彼女は僕を歓迎するために待っていたらしい。
「では、星は僕が何を尋ねるのかを言っていたかな?」
「いいえ。星はあなたの来訪と逃れられない問いを知らせました。問いの内容までは告げられていません」
「何とも意地悪な星だ。告げるのであれば、全てを教えれば良いものを」
「星は寛大でありながら、虚げです。全てを知るのは星を作りし神々のみ。全知全能は人にはまだ早すぎる」
僕は机に用意されていた飲み物に口をつける。鼻に抜ける香りからハーブティーだと思われる。淹れたてのところを見ると、僕が何時に来ることまでは星が告げていたのだろう。
僕は写本を机に置き、彼女をじっと見つめる。彼女は僕の友人でありながら、世界の終末を遅らせる助けをしている。方法としては、世界の終末を星で詠み解き、その情報を国連総議長を通して発信する。その情報を元に世界を救う英雄が終末へ挑戦するといった形だ。
世界を終わらせようとする僕から見れば、あるいは敵のような存在だが、友好関係は続いている。
「それに関しては僕も同意だ。全知全能は人には勿体無い。僕の来訪を知っていたならば、護衛を全て退去させたのは君の命令かな?」
「はい。ただし、あなたの来訪を教えたわけではありません。ただ、彼らにとっての死神が現れるとだけ告げました」
「僕が君をここで殺すとは考えなかったのかな?」
「考えません。当機の破壊は今日ではありませんから」
星詠みの巫女といえど、全てを知っているわけではない。星からのお告げがなければ、彼女は無力な存在と等しい。彼女には星からのお告げと称した未来予知が可能であるが、戦力としての彼女は一般人にも劣るからだ。
確かに。僕は今日、彼女を殺しに来たわけではない。確かめたいことがあってここにやってきただけだ。
ただ、気になることはある。彼女はすでに自身が死ぬ日を知っているような言葉を使っている。地球救済装置は世界にいくつか存在するが、彼女は別格だ。何せ、世界の終末がどこでいつ訪れるのかがわかるのだから。地球救済装置を管理している国連にとって、彼女を失うことは絶対に避けなければならない。
では、その彼女の死は一体いつなのか。僕はそれを問いにする。
「では、君はいつ死ぬのかな?」
「世界が滅ぶ日です」
「なるほど。君らしい答えだ」
もう一口ハーブティーを飲む。
僕の分は用意しているのに、自分の分は用意していない。おそらくは星が飲むべきではないと告げたのだろう。彼女の行動の全ては星が管理している。食事睡眠排便、全てが星の告げた時間に行わなければならない。それは彼女が自身の”世界矛盾”をコントロールできないことが起因している。
世界が設定し忘れた矛盾を見つけたものが不老不死者としての呪いをかけられる。そうして”世界矛盾”という恩恵を付与するのだが、人為的に作成された彼女は自らの”世界矛盾”をコントロールすることができない。地図上に存在しない島へ自ら監禁されているのも、それが原因だ。
一度彼女が空の下に出ることで、世界の終末が始まってしまう。同じく、星のお告げなしに行動を行えば、それが原因で世界の終末が始まる。
ゆえに、彼女の一切の行動は星が厳格に管理していることになる。
テーブルには果物も置かれており、僕はそれを手にとってナイフで皮を剥いていく。
「僕がここに来たのは他でもない。君に頼みがあってね。力を貸してくれないかな?」
「当機には判断する許可がありません」
「では、星はなんと言っているかな」
「…………」
椅子に座ったまま、彼女は窓の方を見る。
数秒沈黙した末、僕に視線を移した。
「星はあなたに力を貸すように言いました。あなたは当機に何を望みますか」
「今日を除いてこの先の1年間。世界に訪れる終末の数は幾つかな?」
「…………16件です」
「では、その中に”プロメテウスの火”に該当する終末は存在するかい?」
「…………」
再びの沈黙。どうやら、星が答えを渋っているようだ。
果物の皮を剥き終わり、食べやすいようにカットしていく。
どれだけ時間がかかってもいい。時間ならばいくらでもあるのだから。ゆっくりと星に問い掛ければいい。
皿に果物を並べ終わった頃、彼女は口を開いた。
「星が答えを拒みました」
「ふぅむ。では問いを変えよう。無人島における”大海の覇者”が関与する終末は存在するかな?」
「…………1件」
「その内容は?」
「星が答えを拒みました」
なるほど。星は僕との会合は許したが、僕への援助は拒むというわけか。
カットした果物を食べる。何不自由のない不自由を許容した彼女への供物は最高級品だ。この果物も一般で売られているどの果物よりも新鮮で甘い。
僕は写本を手に取り、彼女に見せる。
「これは大切な人を失った代償として世界を救う英雄譚だ。君はこれについてどう思うかな?」
「当機に個人的な見解は許されていません」
「では、星はどう思っているのかな?」
「…………妥当、だと。そう星は告げています」
大切な人を失ってまで救いたい世界が存在することは妥当だと判断したようだ。所詮は星の判断。人としての認識には至ることはできないか。いいや、あるいは人が進化すればこの見解も妥当だと言える日が来るのだろうか。だとしても、そのような世界は妥当性だけを追求したつまらない世界になることだろう。
やはり、人に全知全能は勿体無い。見苦しいほどにもがき苦しむ物語こそ、人が人である証明だ。まあ、この話を彼女にしたところで、ある意味で星と同化している彼女はすでに人ではない。僕の考えを真に理解することはこの先もないだろう。
カットした果物を彼女に向ける。
「食べるかい?」
「いいえ。現在当機に食事は許されていません」
「君は昔から固い頭をしている。もっと融通を効かせた方がいいと思うがね」
「星は選択を誤らない。星が下した決定は覆ることがない。それはあなたも十分に理解しているでしょう、ノア=カレイドボロス。いいえ、神々に嫌悪された星を廻す英雄よ」
彼女はまっすぐに僕の目を見てそう告げた。
まるで星が僕に直接問いかけてきているようだ。いや、直接問いかけてきているのだろう。彼女の意思は長い年月を経てゆっくりと星の意思と同化している。今では、どれほど彼女の意思が存在するのかわかったものではない。それでも、彼女は僕の古き友だ。
断られた果物を半分ほど食べ終わる。僕は視線を落として答えた。
「昔の話だよ。今の僕は世界を終わらせる者だ。少なくとも星が望んだ英雄は死んだのさ」
「そうですか。それがあなたの下した結論ならば、星はそれを許容するでしょう。当機からもひとつ。問いを投げかけたいのですが、よろしいですか?」
「珍しいね。いいよ。答えられる範囲で答えよう」
「あなたにとって星とは、それほどまでに忌むべきものでしょうか」
「…………それは君自身の問いかな。それとも星からの問いだろうか」
彼女は答えない。否、答えることを拒まれた。
彼女にとって星の命令は絶対だ。星が滅亡を望めば、彼女は自ずと外へ羽ばたくだろう。それが何よりも手っ取り早い終わりであるがゆえに。
彼女は言った。星は選択を誤らない。星が下した決定は覆ることがない。それは神々が星を作り出したからではない。星々が神々を生み出したからだ。そして、世界を創造したのは神々だ。世界を終わらせるとはすなわち、星の選択に異を唱えることに等しい。
彼女の問いは間違えることのない星が、ミスを犯したかどうかの確認事項でもあった。
光のない瞳が僕を見つめている。僕の答えは初めから決まっていた。
「少なくとも僕が生まれたばかりの頃は美しかった。だが、今は汚れてしまった」
「なぜ」
「神々は多くを人に与えすぎた。そして、星々はそれを許容した。多くを手に入れた人類は繁栄と称して、自ら終わりへと歩み始めてしまった。それを醜いと言わざるをしてなんと言う。世界は、あるべき姿へと還るべきだ。美しかったあの頃へと」
「それが、あなたの下した裁定ですか。それ以外に、なかったのですか」
懇願ではなく、確認作業だ。
僕は最後の果物を口にして、ハーブティーを飲み干した。
「ない。僕は世界を終わらせるよ。どれだけ星が強大な英雄を作り出したとしてもね」
立ち上がる。ここでの僕のやるべきことは終わった。知りたいことはある程度予想ができた。できれば、真実を伝えてくれれば手っ取り早かったのだが、そううまく星が答えてくれるはずもなかった。
部屋のドアに手を当てたところで、僕は不意に思いついた質問をするため、振り返った。
「最後にひとつ。質問をしてもいいかな?」
「はい」
「世界は、いつ滅ぶのかな?」
「…………人類が選択を誤った時。あるいは人類がそれを望んだ時です」
「なるほど。君らしい答えだ」
扉を開く。
出て行こうとする僕に彼女から最後の言葉があった。
「これは当機からの忠告です。多くを望まない方がいい。あなたの首には常に、死神の鎌が触れている」
立ち止まる。
星詠みの巫女からの忠告とは危なげだ。それほど多くを望んだ覚えはないが、僕の首に死神の鎌が触れているのは理解できる。僕が神々に異様に嫌われている。死神が数体張り付いていてもおかしくはない。
彼女の言葉を飲み込んだ上で、振り返って答える。
「その忠告は心の隅に置いておくとしよう。生憎と死ぬことには慣れているからね。では、また会おう星詠みの巫女。世界が終わらなければね」
その言葉を最後に僕は部屋を出た。彼女からの返事はなかった。再び星と会話を始めたのだろう。
僕はそっと首に触れる。案外、死神の鎌というものは切れ味が悪いものなのかもしれないと思い、暗い廊下を進んでいく。
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