異世界転生で聖女のベッドに着地した件 童貞のまま死ねないボクに、聖女様は極上の「教育」を授けるようです
あかいくれは
第1話 純白の聖女と、生贄の可憐な勇者
視界が、爆発的な白に塗り潰された。
だが今、鼻腔を突くのは、古びた紙と未知の香油、そして――胸が焼けるほどに甘い、百合の花の香り。
「……あ、……う……」
肺に溜まった空気を絞り出すように、零は小さく喘いだ。
可愛らしい少女のような、自分のものとは思えないほど澄んだ高い声。
重い瞼を押し上げると、見たことのないような美しい天蓋が目に入る。
どうやらボクは、純白の大きなベッドの上にいるようだった。
天井は果てしなく高く、ステンドグラス越しに差し込む月光が、零の白く細い指先を青白く照らし出している。
「ああ……。ようやく、ようやくお会いできましたわ。わたくしの、救世主様」
頭上から降ってきたのは、慈愛に満ち、同時にどこか歪な熱を帯びた女性の声だった。
零が視線を上げると、そこには一人の女性が跪いていた。
腰まで届く銀糸の髪。深い森の奥にある湖のような、吸い込まれそうな碧い瞳。
純白の法衣に身を包んだその姿は、この世のものとは思えないほど美しい「聖女」そのものだった。
だが、零は本能的な恐怖に身体を震わせた。
彼女の瞳に宿っているのは、信仰への情熱ではない。
獲物を網にかけた捕食者が浮かべるような、昏い、昏い――独占の悦びだ。
「……ボク、は……。ここは、どこ……?」
零は震える手で、自分の喉元に触れた。
そこに巻かれていたはずのマフラーはなく、代わりに法衣のような薄い布が、華奢な鎖骨を露わにしている。
もともと女の子に間違われるほど小柄で可憐な身体だったが、この異質な空間に置かれると、まるで祭壇に供えられた捧げ物のように儚く見えた。
「ここはエリュシオン。神に選ばれし勇者が、世界を救うために降り立つ聖域ですわ」
聖女――リリアは、流れるような動作で立ち上がると、零の元へと歩み寄った。
彼女の身長は、零よりも一回り大きい。
見下ろされる圧迫感に、零は思わず後ずさろうとしたが、それよりも早く、リリアの白く柔らかな両手が零の頬を包み込んだ。
「名前を、教えていただけますか? わたくしが愛し、導くべき勇者様」
「……桐生、零……です」
「零様……。ふふ、零。なんて響き、なんて可憐な名なのでしょう」
リリアはうっとりと目を細め、零の潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女の指が、零の艶やかなピンク色の唇を愛おしそうになぞる。
その瞬間、零の視界の端に、不気味な半透明のウィンドウが浮かび上がった。
【神託:勇者桐生零、召喚完了】
【タイムリミット:残り72時間00分】
【現在、魂が不安定です。聖女による『教育』が必要です】
【絆形成率:0%】
「教育……? 72時間……?」
零の呟きに、リリアは悲しげに眉を下げ、彼をその豊かな胸の中に強く抱きしめた。
「ええ、零様。この世界は、あなたという『燃料』を求めています。……でも、安心してください。わたくしが、あなたのすべてを守って差し上げますわ。たとえ神であっても、あなたを消費させることなど、わたくしが許しません」
柔らかな胸の感触。
零の細い背中を回る、逃れようのないほど強い腕。
リリアの腕の中で、零は悟った。
自分は救世主として呼ばれたのではない。
この美しき聖女に「教育」という名で飼い殺され、世界の糧として使い潰されるための、生贄なのだということを。
◇
それから数時間。
零は教会の最上層にある、リリアの私室へと運び込まれていた。
そこは部屋というよりも、贅を尽くした鳥籠だった。
窓には強力な結界が張られ、空気には常にリリアの魔力が混ざり込んでいる。
「零様、お食事ですわ。……さあ、あーんしてください」
銀の椅子に座らされた零の前に、リリアが膝をついてスプーンを差し出す。
中身は、魂の安定を促すという聖なるスープだ。
「……自分でも、食べられるよ。ボク、子供じゃないし」
零が恥ずかしさに顔を赤くし、長い睫毛を震わせながら拒絶しようとすると、リリアの碧い瞳からスッと光が消えた。
「零様。教育の第一歩は、従順であることですわ。……わたくしの手から食べられないのであれば、もっと直接的な『摂取方法』に切り替えなくてはなりませんが……よろしいのですか?」
リリアが自分の唇を指先でなぞる。
その意味を理解した瞬間、零の顔は耳の先まで真っ赤に染まった。
「……わ、わかったよ。食べるから……」
零は諦めて口を開いた。
リリアから与えられるスープは、驚くほど甘く、そして全身の力が抜けていくような、抗いがたい安らぎを運んできた。
一口ごとに、視界の数字が刻まれていく。
【絆形成率:3%】
【警告:自我の境界が軟化しています。教育の効果が良好です】
「いい子ですわ、零。……そう、あなたはわたくしだけを見て、わたくしだけに頼っていればいいのです。世界を救う方法も、この後の予定も、すべてわたくしが『教育』して差し上げますから」
リリアは零の細い腰を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めて深く息を吸った。
執着。
その重苦しい愛の重みに、零は眩暈を覚える。
残り時間は、まだたっぷりある。
けれど、零には確信があった。
この72時間が終わる頃には、自分という存在のすべてが、この聖女の色に染め上げられているに違いない。
「……ボク、どうなっちゃうの……?」
零の小さな呟きは、リリアの満足げな微笑みによって、闇の中へと消えていった。
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