琥珀色のチャンピオンベルト

〇お題「ドライブ」の短編です。






 亡くなった叔父の部屋を片づけていたとき、

 つけっぱなしだったPCが目に入った。

 デスクトップのショートカットには、

 デフォルトの物以外には、『写真』と『手紙』だけ。



 『写真』


 リング上での荒々しい悪役としての姿。

 観客に空き缶を投げつけられた回数は、両手の指でも足りないと聞いた。

 そして、40代も半ばの善玉への転身。

 そのすぐあと、悲願の世界タイトル獲得を伝える新聞の見出し。


 人のいい叔父の、ほんの数カ月しかなかった栄光の時間。


 本当に、カッコいい。

 愛にあふれた写真だ。

 悪役だったころのものさえ。


 ――このまま埋もれさせるのは、惜しいな。


 生涯独身だった叔父には、

 この部屋のものを引き継ぐ家族は、母さんぐらいしかいない。

 スマホを取り出して、当人に電話してみた。


「どうにか、回収してもらえたらありがたいけど……」


 やってみるよ。

 ちょっとだけ、待って。


 母さんと話しながら、

 同時に叔父のPCで自分のJメールアカウントでログインしてみた。


 いけそうだね。

 このまま、写真をメールに添付して……

 送信。


 スマホの向こう側から、写真が届いたであろう着信音が聞こえてきた。

 母さんが悪戦苦闘してメールから写真を開こうとしている雰囲気が伝わってくる。


 感想は、帰ってから改めて聞くよ。


 母さんとの電話はそこでおしまい。


 好奇心は猫を殺す。


 でも、止められない。





 『リンク切れ』


 しかし、そのショートカットをクリックしても、


《このショートカットは、

 リンク先の『手紙』が変更または移動されているので、

 正しく機能しません》


 プロパティを開いてみるか。


 リンク先を見てみよう。


 えーと……


 これ、ドライブレターがEか。

 内蔵ドライブはDまでみたいだから、外付けのドライブだな。


 部屋を見回すと、

 いや、PCの裏側に隠す気もない場所に

 外付けドライブが一つ無造作に置いてあった。

 おあつらえ向きにコンセントにも繋がったままだ。


 PC本体もだけど、僕が来なかったら、火事になっていてもおかしくなかったぞ。


 だから、これは手間賃――


 最低な言い訳。


 外付けドライブを接続して改めて『手紙』のショートカットをクリックした。

 そのリンク先に置かれていたのは、下積みと栄光の記録とは違った、琥珀色の記憶だった。





 『手紙』


 外付けドライブに収められていたのは……


 古い手紙をスキャンした画像データの森。


 それから、電子メールをコピーしたであろうテキスト。


 そこで止めても良かった。

 ここから先は、叔父のプライバシー。(※)


 悪いのは、クリックするのを止めない僕の指。


 まず画像データを開いてみる。


 ……まさかと思ったが。


 高校生だった叔父と、誰かのラブレターだった。


 相手からの手紙を見る限り、互いに想いを寄せ合っていたようだ。

 互いにプロレスが大好きで、そこから一緒に観戦をする仲になり……

 なんとも甘酸っぱい。

 その彼女の夢は、カメラマン。

 それもプロレス雑誌の。

 尖った夢だとは思ったが、まあ、人の夢だ。

 そして、叔父はプロレスラーとして世界チャンピオンになる――

 高校でインターハイと国民体育大会2位という戦績は、十分だと思ったのだろう。

 叔父たちは、恋の成就より、まずそれぞれの戦場で生きる道を選んだ。

 そして、

 互いに夢をかなえたら、一緒に人生を歩もうと。


 若すぎた約束。


 僕は、その恋の結末だけを知っている。

 生涯独身の叔父――





 『時間切れ』


 叔父が世界を獲るまでの長い歳月は、二人の距離を決定的に引き裂いたようだ。


『間に合わなかった』


 溜息まじりの叔父の声が聞こえてくるような、数々の手紙。

 手紙の束を読み進めるうちに、

 叔父の人生がリング上のドラマ以上に過酷な時間との闘いであったことを知った。

 10代の純真な約束は、

 プロレスラーという不安定な職業、

 終わりの見えない下積み生活の中で、現実の重みに押し潰されていた。

 彼女は見習いカメラマンとして。

 強面こわもてで背の高かった叔父は悪役として、善玉や団体のトップに負け続ける日々。

 意に添わぬ反則、凶器攻撃。

 最も近くで、しかし最も遠い場所から見守っていた彼女。

 叔父が悪役として罵声を浴びる長い時間。


『次に会うときは、チャンピオンベルトと一緒に撮らせてね』


 彼女は、叔父がいつか正当に評価される日が来るのだと、と手紙に書き連ね続けていた。

 文字がにじんでいるのは、どちらの涙だったのだろう。

 やがて、悪役として団体の看板となった叔父に、

 彼女の両親から『娘を自由にしてほしい』との手紙が届いた。

 それでも二人の手紙のやり取りはこっそり続いていた。

 だが、女性には時間制限がある時代だった。

 彼女は、職場の先輩と結婚してしまったようだ。


『待たせすぎて、ごめんなさい』


 叔父は彼女や彼女の両親を恨むことなく、

 むしろ約束を引きずってしまったことを謝罪していたようだ。





 『電子メール』


 最後の紙の手紙から10年以上の歳月が経ってから、

 電子メールでの連絡交換が再開されたようだ。

 後輩の悪役レスラーが育ち、叔父が控えに回ることが多くなってきた頃だ。

 団体は、長く貢献してきた叔父に最後の花道をと考えたのだろう。

 リング上、テレビ中継での後輩たちからの袋叩き。

 ひるがえっての善玉ターン。

 無理のあり過ぎるシナリオだったが、団体のファンも受け入れた。

 叔父に残されたレスラー人生は、もう残り少ないことに気づいていたから。

 病的に黒ずんだ肌の色。

 全身をさらすプロレスラーなればこそ。

 見守り続けてきた人たちには、わかってしまう。

 カメラを抱えて追い続けていた彼女にも。


 叔父がタイトルを獲った日付。

 熱い記事に添えられた叔父の雄姿。

 20年間使い続けたフィニッシュ技。


 『パイルドライバー』


 半分だけ、かなった約束。

 その写真の構図には、長く応援してきた喜びと、

 決して交われない二人の道への諦念が入り混じったようにも見えて……


 病魔に蝕まれ、余命を告げられた後の、叔父の戴冠。

 リングで見せた豪快な笑顔の裏側に、こんなにも静かで哀しい物語が隠されていたなんて。


 覗き見している身勝手さを棚に上げて、その切実な恋の残滓に、涙がこぼれた。





 『未送信』


 最も新しい日付のサブディレクトリ。

 『未送信』と題されたフォルダ。

 そこには、叔父が亡くなる一週間前に書き綴られた、

 彼女へ送られなかったメール原稿があった。


 激しい痛みの中、叔父はあえて自分の恋を、

 過去の美しい物語として完結させようとしていたようだ。

 彼女を縛り付けないための、最後の悪役としての演技。

 しかし、フォルダの名称の通り、恐らく未送信――


 耐え切れず、外付けドライブの接続を解除した。


 これの処分も、母さんに任せよう。


 流れる涙もそのままに、外付けドライブを大事に抱きしめた。








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   死者に関する情報については保護の対象とはなりません。

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