1-11

――

――

――――深く、底知れぬ闇。


光という概念さえ拒むような黒が、空間を埋め尽くしていた。

その濃密な闇は、黄緑色の髪さえ飲み込み、輪郭すら曖昧にしていく。

音はない。

息遣いさえも、静寂の底へ吸い込まれていく。

そんな沈黙の中、不意に小さな声が落ちた。


「行かなきゃ……早く……」


そこに迷いはなかった。

暗いからでも、怖いからでもない。

ティコは静かに感覚を研ぎ澄ませる。

立ち止まっている時間などない。

『あの人』へ、この手紙を届けなければならない。

そのために、自分はここまで来たのだから。


カツン――。


乾いた足音が、静寂を裂いた。

牢の前へ姿を現したのはルルーだった。

鉄格子へそっと指を添え、小さく息を吐く。

その横顔には、どこか諦めにも似た色が滲んでいる。


「そんなに急いでいるなら、さっさと話せばいいのに」


ティコは彼女と目を合わせないまま、静かに問いを返した。


「――さっきの二人。表の人間だよね?」


一瞬だけ、ルルーの表情が揺れる。

「ええ、そうよ。村の人たちの代わりに、王国へ行ってもらうの」

淡々とした返答に、ティコは目を伏せた。

村の人たちの代わりに――。

心の奥で、小さく笑む。


――これは好都合だ。


「君が素直に話してくれれば、王国へ帰るのもすぐだったのにね」


ティコはゆっくりと首を横に振った。

できない。

今、ここで話すわけにはいかない。

真実が明るみに出れば、クローバー王が何年もかけて積み上げてきたものは、一瞬で崩れ去ってしまう。

ここへ来ることだって、どれほど無茶を押し通してきたことか。

そのすべてを無駄にはできなかった。

ティコは顔を上げる。

そして、迷いなく言い切った。


「言えない」


年齢には似つかわしくない覚悟が、その瞳には宿っていた。


「……そう」


ルルーはそれ以上追及することなく、小さく肩をすくめる。


「じゃあ、また明日」


踵を返した彼女の背中は、そのまま闇へ溶けていった。

足音は次第に遠ざかり、やがて完全に消える。

気配がなくなったことを確かめると、ティコはようやく小さく息を吐いた。


「よし……これで、少しは時間が稼げる」


あの二人が表の世界の人間で、王国へ向かうというのなら――。

この状況を利用しない手はない。


――時間がない。


ティコは膝をつき、冷え切った床へ指先を滑らせた。

指先がなぞった軌跡に沿って、淡い青白い光が静かに灯る。


一本。

また一本。


静まり返った牢内に、淡い輝きだけがゆらりと揺れた。


「クローバー人が、王国で一番賢いってこと忘れないでよね」


光は生き物のように中心へ吸い寄せられ、小さく脈打ち始める。

ティコは胸元から白い封筒を取り出し、そっと握った。


「出発までに間に合うといいけど……」

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